余韻
私が指を鳴らすと、投影機の光が消える。さっきまで投影機のスライドフィルムを交換していたケトを見ると、すっと目をそらして口元を隠して震えていた。おい、そんなに私の話が面白かったか?なお技術的説明はともかく、経緯自体はけっこうデタラメです。なにせ基本的に全部作ったり指示したり案を出したの私だからね。実はそれを知っている人はあまりいない。私の名前は必要なところに知られていればいいのだ。
最後の私の問いかけの答えそのもの、あるいはその方向性をケトは知っている。まだ作れなかったり実証できなかったりとで断言はしていないが、私が示唆したアイデアは色々と可能性を秘めているのだ。耳を立てればああすれば行けるんじゃないか、とかそういう話がされている。
「キイ師、実に良い話でした」
部屋の前の方からケトのほうに歩いていると、一人の男性が暗がりから私に近づいてきた。電灯を反射してきらりと光る金の腕輪。前よりも少し疲れが取れた表情をしている。
「過分な評価です。まさか来て頂けるとは」
こうやって話すのは本当に久々だな。図書庫の城邦の頭領、つまりは頭領府府中学舎に対する最大の出資者である。
「途中からになるが、暇ができたのでね。弟が世話になっていないといいのだが」
「いえ、彼からは実に重要な助言を頂きました。ここまで人を集めることができたのも外征将軍の力あってこそです」
「ならば良し。……ケト君は?」
私が視線を向けたタイミングで、ケトはすっと私の少し前に立つ。ちょっと距離が詰まるので私は半歩後ろに。
「こちらに」
「……先人として言わせてもらうが、実によくやった。しかし気を抜くべきではないぞ」
「心得ています。ご期待下さい」
なんというか、この二人は結構仲良さそうなんだよな。頭領に親戚のおじさんみを感じる。もともと威厳とかは振る舞いが作っているので、肩を張っていない時は比較的苦労人の男性になるのだが。
「しかし、これが実現すれば新しい物事が起こす混乱も少なくなるのだろうかね」
「……未来を見通すこと叶わぬ身ゆえ、断定は致しかねます」
おっ微妙な表現。ケトも嫌な成長をしているなぁ。私はすっとこういうのが出せない。
「はは、構わん。……増えるか?」
「……可能性はあるかと。しかしそれを捌けるだけの人をキイ嬢が育て上げてみせます」
えっ私がやるの?まあ私以外誰がやるかという話ではあるが。まあでも自信たっぷりに頷いておくか。
「ここ数年、混乱に対応してきた人を任せる。……できるだけでいい、その間はあまり揉め事を起こさないでくれ」
「止めるよう努力はしますが、制御しきれなくなった時はご容赦を」
おい私の話で盛り上がるな。口調は諦観混じりだが。たぶん煩務官を混ぜるともっと盛り上がりそうだ。私はちょっと入れるだけの経験がないのでやめておきます。
「……ケト君」
「はい」
「キイ師の代理として動くならば、これから君の立場は一司士のものを超える。頭領府の名前を使えるということは、それだけのものを背負うのだ」
なんで私に言わないんでしょうね?私が政治面においてはお飾りだと判断されているからだと思います。あとは私に何か言ってもあまり意味がないと諦められているからとか?可能性は高い。あとは直接言うよりもケト経由のほうがプレッシャーになるとわかっているからとか、かな。まあ正しい。
「キイ師。よろしく頼む」
「任されました。最初に頂いた銀片の恩を、私はまだ忘れてはいません」
初めて頭領と会った時を思い出す。そうか、そういえば彼は私が異常な知識を持つことを知っているのか。半ば脅しみたいな感じで言ったのだが、それを信用してくれて最初の文字版印刷機の製造費用を出してくれた。直接出したのは図書庫と衙堂だが、間接的には税だからな。
「……ただし、もし敵となるのであれば」
「そうなっても、私を討てるだけの人を育ててみせます」
「それはいい。っと、すまない、向こうに招かれているようだ」
頭領の見た方を確認すると外征将軍がいる。まあ今夜のメインは彼だからな。仕方がない。
「それでは、良い夜を」
「楽しませてもらうよ。それと氷菓子は実に旨かった」
そう言って、頭領は別の会話の輪に混ざっていく。
「ケト君はどうするの?」
「給仕の人たちの様子を確認しに行きます。投影機を触っている間、何も起こしていないといいのですが」
ああ、管理職ならではの辛さである。頑張ってほしい。私も一応あるのだけれども。
「私がやることある?」
「ああ、なら技術系の人を紹介します。そこで専門的議論をしていてください」
「……扱いが雑じゃない?」
「キイ嬢はちょっと危なっかしいのですよ、演説はとても良かったですが」
ケトは溜息を吐いた。まあ、仕方がないな。私はそこらへんが甘いし、一言で出資が取り消される可能性がある重要人物の前にはあまり出したくないだろう。とするとさっきの頭領との会話は大丈夫だったのだろうか?今更ながら怖くなってきてしまった。