図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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本棚

「庫長より話は聞いております。お二人とも、どうぞ」

 

久しぶりにケトと顔を出した図書庫の奥の方、「図書庫の中の図書庫」と呼ばれる機密書庫。その受付で問答をするべく頭領の名前の入った任命証を取り出そうとすると、前に私たちを拒んだ図書庫の職員はすんなりと通してくれた。

 

「……いいの?」

 

訝しげに私は問う。一応議論で勝てるよう準備をしておいたのだが。

 

「個人的な見解でよろしければ、お二人がこれを見ると厄介事が起こるという点については間違いないと思います。しかし、頭領の判断ですので」

 

「拒む権限はないの?」

 

「ありません。上からの命令ですので」

 

「……お疲れさまです」

 

「ありがとうございます。判断が間違っていたと思えることを楽しみにしています。それと、もし探すものがございましたらお気軽に声をかけてください」

 

「ひとまず、中を見てみるよ」

 

ケトと私はその空間に入る。下に向かう階段と、上に置かれた足場。棚に詰め込まれた多くの巻物。職員が棒を持って窓を開けてくれた。かなり奥の方まで、ぎっしりと棚が並んでいる。見た感じ、紙以外で作られたのものもあるな。羊皮紙みたいなものとか、あとはこれは……何らかの植物を薄く割ったもの、かな。あまり触らないほうが良いだろう。半地下だがあまり湿気を感じない。代わりに感じるのはある種の香草の匂い。虫除けかな。カビの匂いがあまりしないところからすると、管理はかなりしっかりされているようだ。まあ現場にいた人からするとちょっと問題点もあるけどな。できたら入口の時点で足拭いたりとかして原因を持ち込まないようにするのがいいが。しかしずるいな、ここは海の近くだから多少の湿気は仕方がないが高温多湿というほどでもない。

 

「色々ありますね……」

 

ケトが適当な巻物を開いて言う。

 

「それは?」

 

「詞、でしょうか。知らない言語です」

 

「作られたのは?」

 

私の質問に、ケトはゆっくりと紙を伸ばす。あ、喰われてる。完全な保存環境ではなし、か。

 

「ここにあるように、原本は230年ほど前でしょうか」

 

「写本?」

 

「これはそうですね。複製の複製だそうです」

 

「そういうところもちゃんと記録を取っているのか」

 

よく棚を確認すると、ジャンルと文字が書かれている。本の分類と著者の頭文字だろう。

 

「聖典の棚は、どこにあるかわかりますか?」

 

「案内します。こちらに」

 

職員は足場を渡って、奥の方に進んでいく。追いかける私とケト。思ったよりしっかりと足場が組まれているので、踏み外すとかしない限りは安全そうだ。

 

「……恐らく、衙堂が何をしているか、何のためにしているのかを知りたいのですよね」

 

背を向けたまま、職員が言う。

 

「ええ。教育の形を変えるなら、そのもとの形を知ることが不可欠ですから」

 

「わかりました。そういう事であれば、避けられないのでしょう」

 

「……前に、見ない方がいいと言ったよね」

 

「ええ。自分が学んできたことにそういう意味があったのか、と知ってしまうのは嫌なものです」

 

「……ケト君、わかる?」

 

「それなりに。ハルツ嬢から学んだことは、そういうものでしたから」

 

そういえば、ケトはハルツさんから色々なことを学んでいたんだよな。すらすらと聖典語を読みこなし、相手に東方通商語をしっかりと教えられるほどの知識を持っていた。あの衙堂の近くでずっと過ごしてきた少年が、だ。ハルツさんは多分、復讐とまではいかないけれども自分の意志を継げる司士を育てるつもりでケトに教えていたのだろう。

 

ケトは自分が何を教えられてきたか、ちゃんと理解している。けれども、なにか変わったということはなかった。本当なら多感な時期なのに、反抗することができなかったとか、そういうのもあるのだろうか。あるいはそれを飲み込んだか。私は勉強というか学校教育がなんとなく嫌いで、自分で勉強を始めて先生たちがわざわざ変な教え方をして何かを隠そうとしているんじゃないか、と中学校に入る手前までちょっと本気で考えていた。実際はそうではなかった。人間が人間を教えるというのは、どんなに精一杯やっても限界がある行為なのだ。それも全員に最低限の知識と経験を与える、という条件を課したなら更に難しくなる。

 

「棚はこちらになります。それと、これは読んでおいたほうが理解が深まるでしょう」

 

全体的にくたびれた、とでも言えばいいのだろうか。手垢かなにかで少し汚れた、多くの人が読んできたのであろう巻物を職員は私に渡す。

 

「きちんと読む場合は、外でお願いします」

 

「わかりました」

 

足元を確認してから一歩引いて、棚を視野に収めようとするがちょっとむずかしい。それだけの歴史がここにはあるのだ。中には巻物になっていない、紙の状態のものもある。

 

「これらは?」

 

ケトも気になったらしい。

 

「ああ、会議の記録ですよ。本とするのも微妙なので、置いてあるのです」

 

「……面白そう?」

 

紙を見るケトに私は聞く。

 

「ええ。多分、キイさんが見たかったものですよ」

 

ケトが私に紙の束を渡す。古い聖典語だな。一応読めなくはない。ええと、「分断と統合の均衡」……?面白そうだ、と直感が言っていた。

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