正直なところ、この問題をどう解けばいいのか私は知らない。
「ひとまず港の封鎖をするか?」
「それだけ重篤な病だという情報は、まだ出ていないよ」
私の言葉に講官が顔を歪ませる。
「……例え、この病が碌でもないものだとわかっていても、それを前提に行動してはならない、と」
「軍事の話なら問題なかったのですがね、不幸にも今回の流行病の場合は意志がない」
「理解した。つまり、その紙に書かれていること以上のことを我々は知ってはいけないわけか」
「もちろん、いかなる場合でも猛進する人はいます。けれども、そういう人に対してあなたはおそらく反論をするでしょうね。図書庫の城邦において海上物流がどれだけ重要か、そこから得られる税がいかに代え難いものか、知っているのでしょう?」
そう。もちろんあらゆる事態に備えることはできる。しかし使える資源が一定である以上、それはこの後起こること全てを知っていればの話だ。それは私でも無理だ。どうしても取捨選択は避けられない。けれども、起こったことに対処はできる。予防は最善の策だが、対処療法だって次善ではあるのだ。
「キイ先生。少し煽るのを勘弁してやってくれ。こいつはそういう感情を溜め込みがちなんだ」
外征将軍が割り込んできて言う。
「……すみません。驕っていました」
嫌なやつだな。調子に乗るのは悪いことではないが、相手も人間であること、そしてこれはあくまで訓練であることを忘れるな。勝利条件は私が気持ちよくなることではない。全員が学びを得ることだ。まあそれはそれとして全力で図書庫の城邦を狙っていきますが。
「まあ、キイ嬢はこういう人なので。何かあったら言ってくれれば僕が止めます」
あ、ケトは頼りになるな。多分私がこういう緊急事態に対応することになったらブレーキ役として隣においておこう。でもケトはケトで壊れるぐらいまで仕事をしそうだからな。良くない。
「ならば、普通の対処をしよう。船の封鎖、商館からの原則外出禁止、新規入港の制限……」
「この時点ではまだ衙堂は動かせないか」
彼らは紙に指示を書いていく。ふむ。港の閉鎖。まあこの時点で一人街中に感染者を出しているんですがね。潜伏期間は5日間。感染経路はノミと飛沫。モデルは
クリアというか感染を抑えるためにはノミやネズミの駆除が必要になる。まあ、この世界にペストに似た感染症はないのであくまでこれは仮定のものだ。
紙を受け取り、駒を動かす。感染者を表す紙片が図書庫の城邦の中にポツポツと現れていく。
「……キイ嬢」
司士が白の駒を赤の駒に置き換えている私に声をかける。
「なんです?」
「規則の確認だが、我々が指示を出さない限り、一般的な方法で得られる情報しかこの盤面には出ないのだよな」
「そのつもりですね」
「……なら、この地域から患者が出たという情報がなくとも、熱病に侵された人がいるかもしれん、と?」
彼が指差すのは城壁の外のちょっと怪しい領域。この図書庫の城邦の闇の濃い場所。歓楽地域。人間も、ある種の薬も、あるいは安い色々なものも売っている。まあ、それなりに自警組織とかあって治安はたまに死体が転がっているぐらいらしいが。
「さあ?必要なら調べたほうがいいでしょうね。ただ、こちらから調べない限りでは相当人が死なないと盤面には自動で反映されないでしょうね」
「……作戦変更だ。現状を把握しよう」
おや、素早い。では感染者を用意しておこう。
「……最悪だな」
都市計画の担当者が眉間を抑えながら言う。まあ、ここは彼が担当できない数少ない地域だ。計算に入れる事はできても、 改善が難しい場所。
彼らは短期的封じ込めではなく、長期的戦略に切り替えていく。医学師の見解……は、私が捏造していく。医学系の話はそれなりに聞いているので、この世界の水準に合わせた分析ができる。一度感染すれば免疫が生まれること。体液がキャリアになりうること。日付が進み、感染者が徐々に増える中、抑え込む方法が少しずつ判明していく。
しかし、その裏で隠しパラメータが上がっていく。「不穏度」と勝手に呼んでいるこの数字は、たまに出てくる報知紙の見出しとかに影響を与えている。外出制限とかのせいでそろそろ危ないところだ。
「……新しい患者が判明しました。頭領です。このために発生した混乱は、予算の不足として表現されます」
開始から二年半。次の収入が入るまで半年ほどあるにもかかわらず、使える資金がマイナスになった。
「衙堂から緊急支出を」
「頭領府で特別令を出す。これで頭領から別の人物に権限を移せる」
要望の書かれた紙を受け取って、ケトと一緒に盤面を整理する。条件は揃った。政治的な均衡の崩壊。溜まった不満。
「反乱が起きます」
黒色の駒がいくつか出現する。ゲームの進むペースを落とし、一ターンを一日にする。私の言葉に、プレイヤー達はこの世のものとは思えないうめき声を上げた。