試験
「……色々と積み上がっていますね」
「まあね」
冷暖房完備の空調システムはさすがに早すぎたな。太陽熱暖房システムとかは私も実効性が怪しい状態で言ったのだが、これは商会の技術屋が北方への輸出用に研究するらしい。多少は役に立つのだろうか。ロイヤリティはこの学徒寓の費用に回すように言ってある。
「それにしても面白い機構ですね」
「やっぱり便利ではあるね、私がいた場所では古くてあまり使われていなかったけど」
自在に動かせ、30刻刻みでスナップし、うまい具合に固定される歌舞伎用語じゃない方の差し金。私の無茶な注文に答えてくれた工房の方々には感謝である。最近無茶ばっかり依頼しすぎだが、きちんと仕上げてくるのは恐ろしいよな。なおこういう製図台は私のそれなりに後の世代まで工業高校の授業では使われていた。現場ですか?手書きの図面は私が扱うような史料のジャンルに入っていましたね。
「で、これは?」
ケトが私の書きかけの紙を見て言う。
「作っている試験の問題」
「……また、変なものを出しますね」
「普段から観察力があればそう難しくないと思うけど」
基本的な分野についての知識は衙堂にある本を読んでもらうとしても、ある程度は広く間口を取れる採用システムが欲しい。雑な予備的統計的調査は司士や司女のかなり個人的なネットワークが図書庫の城邦の大衙堂に人材を供給していることを示している。まあ派閥みたいなものができているというほどではないらしいが、あまり良いものではない。
とはいえある種の「出世街道」を整備してしまうとそれ自体を目的にしてしまう事が起こるからな。もちろんその過程である程度基礎的な力がつけられるからその点では基礎能力の効率的な養成と言えなくもないのだが、ノウハウの偏在によって人材が偏ってしまうんだよ。かといって才能ある人間は大抵どんな無茶な課題を出しても越えてくるので採用できてしまうのがこういった恐ろしいところだ。
で、解決策はそうそうない。ある一定の基準を満たした人全員とか、その中からある程度ランダムに選ぶとか、そういう方法はあるがどうしても解決できない問題は残る。いや別に個人的には職業が世襲的であること自体には一定の合理性があるとは思っているんですがね、例外を色々用意できるに越したことはないのだ。
「……身の回りの植物を十挙げ、その様相、生えている場所の特徴、利用方法を述べよ。できるだけ様々なものから選ぶこと」
問題の一つを読み上げるケト。
「これで問うのは知識というよりも、どれだけ色々な人の生活を知っているか、かな」
「まさかこういう問題ばかり用意して、上位の人を育てるつもりですか?」
「いや違うよ……いや待って、ケトには言っていなかったっけ」
「キイさんが言いそうなことに心当たりが無いので、多分言われていませんね」
「そうか。ええと、まず私が府中学舎に入れるのは最上位の人が中心ではないよ。もう少し下」
「どうしてですか?」
「賢い人は勝手に学ぶんだよ。教えなくちゃいけないのはそれより下の層」
「……なるほど。ところで、その基準だと僕はどうなるんですか?」
「賢いけど、学んだほうが伸びそうだから教える」
「そういう基準もあるんですね」
「どこかできちんと基準は定める必要はあるだろうけどうさ、最初のうちは来た人全員に教えようかと」
ハルツさんが学舎の話を色々としたおかげで、少しずつ図書庫の城邦に各地から若者が集ってきている。女性の割合が高いのはまあ、衙堂だから仕方ないとするか。治安が悪いわけじゃないが女性用の学徒寓の設計も進めたほうがいいかもな。今の学徒寓はせいぜい同性で部屋をまとめているというぐらいである。
「私が直接教える必要がないぐらい賢い奴らは課題を与えてやるさ」
「例えば?」
「図書庫の城邦における上下水道計画案の策定とか」
「……それ、もし出された報告がよかったら採用するんですか?」
「もちろん、頭領府から予算を取って、その学徒を代表に据えて計画を始めるよ」
「可哀想になってきたな……」
「案を出した人が実行する。もちろんそういうことが得意な人も得意ではない人もいるのはわかっているけど、まずはやらせてみるべきだと思うよ」
うまく行けば多方面に手を出せる天才が生まれる。そうでなくとも、一分野ぐらいは何とかできるだろう。マネジメントとか管理とかの分野は私もある程度知識はあるが、実務経験が印刷物管理局ぐらいしかないのでそこまで大きな顔はできない。
そうそう、「総合技術報告」には新しい編集員が何人か雇われた。そして今まで唯一の編集員だった彼女は編集所長になった。私は編集長なのでどっちが偉いのかを議論した結果、私がお飾りの代表として有事の時に説明責任とか連帯保証とかそういう面倒事を押し付けられて実権を編集所長に握られた。引き換えに私は結構自由に色々できる時間を手に入れたわけである。