「……ようやくわかってきたぞ」
散らばった紙に書かれた概念図をもとに眼の前の装置のメカニズムを理解するまで、三回説明して貰う必要があった。なるほど、機械式の脱進機に似た振動子を外部からの磁場で動かして、その振動を増幅してステッピングモーターに伝える回転を生む、と。なるほど、なんでこんなものが電気という概念が生まれてそう間もない状態で、機械式時計も碌に発展していない時期で出てくるんだよ。噂を聞くとなんか若い職人たちが自主勉強会とかをやって分野横断的なことを試しているらしい。素晴らしいな。あ、そういう会合の記録はちゃんと残してくれると後世の研究者が助かります。
「よくわかりますね……」
ケトは机に突っ伏している。まあそうか。ゲッターの改良とか熱極に使う酸化物を選定することで多少マシになった真空管の動作原理とか理解していないものな。一応電子の存在は私が仮説で示しているし、その過程で電気というか痺因の「流れ」の向きは決まりつつある。よし、これで後世に恨まれずにすむぞ。もしかしたら核物理学がちょっと難しくなるかもしれないけど誤差の範囲だろう。
「けれども、使い方は簡単でしょう?」
私の正面に座る、この装置の開発者である工員が言う。「総合技術報告」の常連で、若い職人たちの怪しい組織のメンバー。まあでも彼の言う通り、手順さえわかれば使うのはそう難しくない。スイッチを入れ、振動子をレバーを押して揺らし、揺れが安定したら針が一番上に来るまで待つ。そうしたら計測開始。長い針が一周が一刻、かつての世界の単位で4分。補助用に短い十拍、7秒弱で一周する短い針もある。なんとなく雰囲気は時計と似ているが、私の知っているデザインやメカニズムとは色々と違う。そうそう、こういうのが見たかったんだよ。
「……これの精度は?」
今日は彼に招待状を送るために来たのだが、なんかいつのまにか技術解説をされていた。この導入力、きっと彼は優秀な技術者になるに違いないから今のうちに府中学舎に入れてコネとか経験とかを持たせてあげようという年寄りのおせっかいをしたくなる。というかする。
「一日動かして、半刻を切っています」
「生産性は?」
「検査に熟練の作業者をつけても半月はかかるので、そこで時間がかかりますね」
「面白いとは思うんだが、まだ改良の余地が残ってそうだね」
「それには同意します」
「できれば手の中で持てるぐらいの大きさになればいいのだけれども」
「なるほど、小型真空管の開発ですか」
「あるいは真空にとらわれない方向でもいいかも。
「あまりそこらへんは触っていないんですよね、人が足りなくて」
「人、作るのに時間がかかるからね……」
「そうなんですよね……」
「というわけで、はい」
私は封筒を彼に渡す。
「府中学舎の第一期生に君を推薦する文書だ」
「……え、あれにですか?」
「あれって何だ」
「最近キイ先生を知っている人が噂しているんですよ。なにか悪巧みをするために人を集めているって」
「その一つだよ。頭領府が出資した学舎だ。代表は外征将軍だが、実質私。あらゆる分野の若手を集めて、教育の方法や面倒な交渉のやり方とかを教える。もちろん専門的な分野も」
「キイ先生の授業ですか、それだけでも聞く価値がある」
「私はあまり出ないけどね」
「……学費は?」
「無料だ。かわりに普通なら選抜試験を通過する必要がある」
「……しなくていいのですか?」
「この装置を作る人間を落とすような試験は無意味だからな……」
私が多分この方面に知識を使っても、あまり伸びは良くないと思う。実際旋盤を扱う腕であれば私と同程度かそれ以上の人はどんどん生まれてきているわけだし。
「わかりました。是非行かせていただきます」
「……話、終わりました?」
重そうな頭を上げるケト。契約の担当はこっちである。
「ケト君も大変だね、この人の隣にいるのは難しいでしょう?」
「いえ、もしいなかった時に起きる問題に対応するよりは楽です」
間違いない。私が何回か起こした政治的に危なくなる寸前の事態をケトが防いでいるのはある。いや、人間の細かな機微を織り込んだ戦略を組むのは私そこまで得意ではないしかなり苦手なはずなんだがな。ケトは急進的行動を取りつつ多方面にバランスよく気を配っているので、とてもすごい。ある程度は必要に追われて手に入れた能力なのだろうが。
「……君も、府中学舎で学ぶのかい?」
「できれば」
「私も学びたいんだけど」
私のつぶやきに工員とケトが視線を向けてくる。なんだよ、成人教育は大事なんだぞ?
「キイ嬢を教える必要がある講師は辛そうだな……」
工員が言う。
「やめてくださいよ、今の講師候補に辞退されたら困るんですからね」
「残念だ」
まあでも久々の教育機関での生活というのも楽しそうなんだよな。この図書庫の城邦に来た時に勉強のため少し学舎で学んだりもしたが、聖典語を理解できるようになった頃には印刷機を作るのが忙しくてやめてしまったし。