図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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講師

府中学舎の進捗は順調だ。教科書の下書きが作られ、目指していた文庫本サイズの専門書も作られている。まだアンソロジーみたいなものだが、そろそろ一冊まるごと書くようなものも出てくるだろう。基本的に教育内容は事前に大まかに決めておくように頼んである。もちろんどうせすぐ暴走するので、追加で教えた内容もまとめるようにと言うことも忘れていない。

 

「しかし、ここまで部屋が少なくていいのですか?」

 

学舎となる範囲を案内している私の隣で聞いてくるのは講師になってくれる衙堂の司女。事務処理を教えるのに誰が良いかと昔お世話になった司士である煩務官に言ったら紹介してくれた人だ。

 

「学ぶ人は、まずは二十人ほどだろうからね」

 

「なら、全員の顔と名前と性格を覚える必要がありますね」

 

「……私、あまりそれが得意ではないんだよなぁ」

 

「銀絵を貼った厚紙を用意すればいいですよ」

 

「ああ、なら銀絵の部分に薄い紙を貼っておくべきかな。扱っている時に破けたり汚れたりしては大変だし」

 

「……キイ嬢は、やはり先を見る力が強いですね」

 

いやそう言われても実際に薄紙を写真の上に乗せる例をかつての世界で見たからそういうのが浮かぶだけであって、この司女が思っているように情報を瞬時に分析して統合しているわけではないが。

 

「それは本当に勘違いですよ。確かに一部の点ではそのように見えるかもしれませんが、私は万能ではありません」

 

「そうですか、それは失礼しました」

 

というかこの人のほうがよっぽど先を見る力が強い気がするんだよな。なにせあの煩務官が選んだ人物である。直接の関係はないが、衙堂時代の知り合い曰く怒らせると淡々と詰めてくるらしい。なおハルツさん派閥の人。まったく、図書庫の城邦にはやばいやつしかいないのか?人的資源が少ないし教育方針が少数精鋭だから仕方がなくはあるが、それを変えないとちょっと難しいんだよな。

 

「それで、私は何を教えればいいのですか?」

 

「事務作業の基礎的な内容を。書類のまとめ方、やるべきことの整理の仕方、あるいは折衝の話でもいいですが」

 

「面白そうですね。基本的に記入については印刷物管理局規格に沿えばいいですか?」

 

「お願いします」

 

印刷物管理局規格は、今や図書庫の城邦で作られる工業的製品の非常に重要な地位を占めている。長髪の商者が初期コストの増大を認めてまで押し通した規格化によって、多くの部品がこの規格によって設計され、生産され、評価されている。もちろん、この規格は製品に限らない。設計時のチェックシート、生産管理のモデル、あるいは評価基準策定まで。

 

もちろん、ある程度はおせっかいだろうがこういうのが有るのと無いのとでは仕事の効率が違うんだよ。誰かが繰り返してやる作業は標準化すべき、というのが私のモットーである。なおこの規格の中でもソフト面は結構簡単に書き換わるのでもし必要であれば印刷物管理局までご連絡ください。閲覧は無料で、残っていれば印刷版をお値打ち価格で販売しております。いや実際かなり安いと思うよ?印刷実費相当だし。

 

「それで、課程は一応4年を考えています。半年ぐらいの長めの期間ごとにしっかりと体系全体を学ぶようにしたいので、どうしても長くなってしまうのですが」

 

「……となると、学徒の間でも新入りという考え方が生まれるのですね。師弟関係……とも違いますか、なんと呼べばいいのでしょうかね。図書庫の城邦では人の入れ替わりが多いのであまり見ませんけど、地方とかの工房で見られるものが近いかもしれませんが」

 

おい私を先を見る力が強いとか言ったのは誰だ?この司女のほうがよっぽど力があるだろ。

 

「ああ、普通だと学舎の人は一月程度で入れ替わりますからね。ある程度集団での生活を前提とするあたりは軍にも似ているでしょう。一応代表が外征将軍ですから」

 

「司士や司女も同じ所で寝泊まりすることは多いですけど、軍ほどではないですからね。しかし、そうすると軋轢が生まれません?」

 

ま、当然の質問だな。

 

「新入りを虐めることはあらゆる場所で起こりますからね」

 

「で、やっている本人はそれを自然だと思っているし、場合によっては虐めている自覚すら無い」

 

「……ご経験が?」

 

「知り合いが、ですが」

 

「衙堂で、ですか?」

 

「いえ、衙堂ではあまりそういう話を聞きませんね」

 

確かにあそこは比較的雰囲気の良い職場だった。もちろん、そういうものには相性があるというのはあるからあくまで私にとっては、だけど。

 

「……それを起こさないようにするのも、我々の仕事です」

 

「面倒ねぇ」

 

「面倒ですよ」

 

一応ではあるが、児童心理学とか有形無形の攻撃とかのあたりはそれなり程度に中高生の頃に学んでいた。巻き込まれることはなかったけどさ。とはいえそれは結構誰もが持つ傾向に基づいたものだし、意識してもやってしまうことではある。この世界の人たちの精神は大人びている、と言ってもいい気がするが、それでも限界があるのだろう。

 

ま、入学者の年齢層はそれなりに高めだからいいか。今のケトぐらいの年齢が多い。若いとティーン、まあ最初に会ったときのケトぐらいだろうか?一応あいまいな成人の概念を加味して「大人」を対象にしているからそれぐらいにはなるのかな。

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