図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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演技

「……なんですか、これ」

 

作業台の上の書き物を見たらしいケトが、寝台でごろごろしている私に声をかける。

 

「いや、気分転換に何かを作ってみようかとね」

 

私が書いていたのは東方通商語の手紙だ。内容は「私」が同僚で友人である巡警に対して「任務」の辛さを綴ったもの。

 

「捏造、ですか」

 

そう言いながら私が横になっている寝台に座るケト。

 

「創作の一種だよ」

 

モデルは前にやった机上演習だ。あの世界での裏話を作っている。こういうのは結構やっていると楽しいな。

 

「面白いですか?」

 

「架空の話はつまらない、と?」

 

「いえ、こういう形の作品を見たことがないので」

 

「んー、まあ珍しいと言えばそうか」

 

一応文学で博士号を取っている身だし、修士課程時代に受けた文学史系の授業も聞いていたのでここらへんについてはわずかだが知識がある。ラ・ブレードおよびモンテスキュー男爵、シャルル=ルイ・ド・スゴンダの「ペルシア人の手紙」とかが最初期のものじゃなかったかな。

 

手紙のやり取りで物語を描くというのは、作者が上手か読者が良いかのどちらかが必要になるというのが個人的な意見だ。私の場合、書簡を読み解くのは慣れている。とはいえ受け取った手紙しかない場合も多いし、どうしても字面には現れにくい情報もあるから完全な方法ではないけどさ。

 

「……なるほど。あのような出来事が実際に起ったら、どういう手紙がやり取りされていたか、ですか」

 

「少し違うな。私がやりたいのは予測とかではなくて娯楽、読者の感情を動かすための作品を作ること」

 

「んー、何となくはわかりますが、そう心が動かされますかね?」

 

「ある程度読者に慣れが必要かもしれないのは認めるけどさ、普通の手紙でももらって嬉しくなることはあるでしょう?」

 

「ええ」

 

「報知紙とかで、誰かが幸せになった話を見ると胸が暖かくなるし、辛い話を見れば痛むわけで」

 

「……キイさんは、そういう感覚が強いんですね」

 

「あれ、あまりない?」

 

「どうなんでしょう、そういう話をあまり聞きませんが」

 

うーん、小説に対する共感は読書で訓練される、みたいな話があったが根拠が出されているのを見たことがないんだよな。そもそも定量的にやりにくい分野だというのは前提として。というか定量化出来ないのにそういうこと言うのって思い込みとかじゃないんですかね、知りませんけど。

 

「ああでも、架空の話と実際の出来事を区別できない人は多いからな……」

 

「『人々は祭りの中に生きている』、ですか?」

 

「なにそれ」

 

いきなり聖典語の引用が出てきて驚いてしまった。

 

「少し前に読んだ本にあったんですよ。例えば祭りで神に扮する、ということがあるのは……わかりますか?」

 

「まあね」

 

なお私は民俗学には弱いので真っ先に出てくる例が赤道祭である。人文系の人間として果たしてこれでいいのだろうか?

 

「しかし、僕たちは日頃から人を演じている、とその作者は論じていました。祭りの時の熱狂を普段の生活では忘れていますが、実際は日常そのものが熱狂なのだ、と」

 

「面白い考え方だね」

 

「実際のところ、キイさんも仕事という役を演じていたわけではないですか」

 

「そういう見方もできる、か」

 

「で、今思いだすとどうですか?」

 

「ちょっと、無茶をしすぎていたな」

 

「ちょっと?」

 

「かなり……というか、それを言うならケトくんだって」

 

「僕はまあ、多少は自覚していましたから」

 

「本当?」

 

私はちょっと疑いの視線をケトに向ける。反論できないらしいケトは背中から寝台に倒れ込み、私の脚を枕にする。

 

「……私はさ、多分一番いいやり方を選べてはいないんだよ」

 

「そもそも、そういう正しい方向を常に選ぶのはまず不可能だ、なんてことは言わなくてもいいですか」

 

「わかってはいるよ。けれどもさ、もしかしたら別の方法を取っていたらと後悔することがないわけではないし」

 

純粋に人命を救うとかなら早めに医学師たちと接触して公衆衛生の方面を進めるべきだった。けれども、先に商会のほうに話を通したおかげで物流のほうが充実している。演習内容ではないが、感染症の拡大が起こったとしても不思議ではない環境なのだ。そして、もし起こったとしたらその責任の一端は私にある。

 

もちろん、程度の問題だ。カオス理論みたいなものが成り立つなら多くの人が関わっているわけで、それだけ責任は分散される。しかし、本来私にはそれを予期できたんじゃないかと思うとあまりいい気分にはならない。

 

「僕は、キイさんがどういう方法を選んでもそれを肯定するぐらいの覚悟はできていますよ」

 

「……ええと、それはあまり良くないと思うけど」

 

「いえ、僕だって別に言われたとおり従う、という意味で言っているわけではないですよ」

 

「つまり?」

 

「キイさんが選んだものに、きちんと応じるというだけです。それがもし悪いと思ったら、全力で潰します」

 

「なら、いいか」

 

一応、私はケトを全面的に信頼しているけれども、それはケトは私に悪意を向けないだろうというある種の怠慢と、かつ何かあっても大抵のことには責任を取れるだけの関係だという意味で、だ。これはあまり一般的な関係ではないのだろうなとは思うけれども、私はこれがいい。

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