図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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復帰

「あ、編集長。体調戻ったんですね」

 

期間としては半月ちょっとのはずなのだが、ずいぶん久しぶりな気がする「総合技術報告」編集所に顔を出す。

 

「ええ、編集所長。私がいない間、どうなっていましたか?」

 

「特に共有しておきたいものは纏めてあります。あとキイ嬢の馴染みの医学師さんからいきなり仕事を始めるなと言われていますよ」

 

「根回しがしっかりしている……」

 

そりゃまあ、あの医学師も政治的に力を持つわけだよ。こういう細かなことができるというのはそれだけで強いのだ。私にはちょっとつらい。並行でタスクを回しているというか、あっちこっちに手を伸ばしてしまって頑張ってどうにかしているというのが実態なので。

 

「……私がいなくても、なんとかなっている?」

 

「ええ、これは編集所長である私のおかげですよ」

 

「そう。そこまでできるならきちんと纏めてもらえると助かる」

 

「いやいや、これも素晴らしきキイ編集長の教育と発明、仕事環境整備のお陰でございます」

 

「そう。そこまで言うなら具体的に何が重要な要素だったか纏めてもらえると助かる」

 

「……ちっ」

 

まあ、彼女はこういう軽口を叩くぐらいには余裕があるということか。「総合技術報告」編集所に人が結構増えて、嘱託の査読担当者とかもいるというのに。単純な仕事量だけならかなりのものに思えるのだが。

 

「まあ、どうせ次の人もこの仕事ができるようにはしますけどね、もう数年は欲しいですよ」

 

「いいよ。……これは?」

 

書類を確認していると、なにやら原稿があった。

 

「前にキイ嬢が府中学舎でやった演習の話を聞きましてね、紹介してもらった友人に少し計算をさせたんですよ」

 

タイトルは「鑽孔紙(パンチカード)を用いた自動事務処理のために」。初っ端から結構面倒な数学モデルを立ててきやがる。ええと、ある種の関数として仕事を捉えている、と。時間で微分すればそれは仕事の速度なのはいいとして、この計算は……仕事の複雑性、と呼ぶべきものだな。ひどく荒っぽい見積もりが3つ。高く見積もったもの、低く見積もったもの、そしてその中間。

 

結論はまあ、そう難しくはない。基本的に、全ての仕事は鑽孔紙(パンチカード)を入力とし、鑽孔紙(パンチカード)を出力とする機構に置き換えることができる。もしあらゆる入力に対する出力を用意できれば、その仕事をこなすことができるというわけだ。実際には同時には起こらない事象や十分無視できるようなものもあるので、何かあった時に対応できる人間と組み合わせるのであれば面倒事を大きく減らすことができる、と。

 

彼女と共著者たちが提案するのは、事務処理の分類と処理しやすい形への変換だ。その草案自体はある。例えば、今まで衙堂がやっていた収量の計算を、各地から集めた収穫量が孔で示された鑽孔紙(パンチカード)を入力として、ある種の電気混じりの絡繰によって総和や平均、差分や将来予測を可能とできるというアイデア。面白い。

 

「ねえ、私ってこういう話をしたっけ?」

 

「していないと思いますよ」

 

編集所長が返す。ならこの理論はこの世界で見出されたものか。帰っていいかな。まだ数学モデルは甘いし、抽象化が足りていないし、アルゴリズムには無駄が多いし、真空管を一つで済ませようとなんか複雑な構造を持たせているし、と突っ込みどころは多い。しかしそれは全部本題ではないのだ。

 

「……質問をしていい?」

 

「構いませんよ」

 

「ここで鑽孔紙(パンチカード)を集めるって言っているけど、無線とか電気とかで送ったらいけないの?」

 

「今のところ、雑音というか雑情報が多いんですよ。何回も送り返しても、それが正しいかどうか判定するためには最低三回必要となるわけです。もちろん自動化もできるでしょうが、その機械自体の精度に不安があります。ま、その報告だって機械が生む問題は完全に無視しているんですがね」

 

三谷尚正の符号理論とかやっている人が学会にいたなぁ。とはいえこういうのは実際に動かしてみるのと数学的処理ができるのとが並行して進まないといけないだろう。線形代数はヘルマン・ギュンター・グラスマンだっけ?関孝和とかはあくまで連立方程式を説くツールの延長線上にしか行列を置いていなかったはずだし。

 

「なるほど。面白いと思うよ。この方向性で色々と進めばいいものができると思う」

 

「よっし」

 

編集所長が指を絡めるように手を握り合わせて言う。

 

「それと、無線技術が公開されたんだね」

 

「ええ、頭領府がもういいかとなったようです。長髪の商者曰く、『仕込みが終わった』そうで」

 

「会ったこと、あるの?」

 

「間接的に、ですが。商会の実験工房で色々やっている人は大抵あの人の息がかかっていますからね」

 

「そういえばそうだったな……」

 

一応あの人は経済学に関することを論じているとか実務一辺倒ではなくそれなりにマルチな人材なのである。なんでこんなやつらばっかりなんだよ。

 

「で、編集長が来たならちょっと原稿の確認お願いしたいのですが」

 

「いいよ、けど少なめにしてね」

 

「わかっています。ただ、私たちが判断ちょっと難しいと思ったものを渡しますが」

 

「仕方ないなぁ」

 

そう言って私は編集所長から紙の束をもらう。ええと、新基質候補の抽出?差出人は北方?あれ、ちょっとこれは気になるな。

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