図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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欺瞞

「銀に類似の物質、製錬者たちの間では偽銀として知られているもの。硝酸に侵されず、銀の倍の稠率(密度)を持つため、基質として根本的に銀とは異なる……」

 

まあ、こんな物質は一つしかないわな。元素番号78、白金(プラチニウム)。これがあると触媒化学を誘導できる。いや、もちろんハーバー=ボッシュ法なんかには白金を使わないが、多くの反応を引き起こす便利な触媒だからね。実際はあれ水素との結合エネルギーがちょうどいいとかだっけ?専門外なので知らん。

 

「これ、内容的には?」

 

私は編集所長に声をかける。

 

「問題ありませんが、そのもとになった鉱物が送られていないのでなんとも」

 

「仮報告の形でいい。掲載して。それと同時にこれの執筆者に追加調査の依頼を。鉱物の分布調査と不純物調査について。溶かすために使える硝酸は向こうでも手に入るはずだし、塩酸と一緒に融通するよう『鋼売り』にはこちらから頼んでおく」

 

私はメモ書きにした要望を渡して言う。白金からは色々な不純物が取れる。例えば熱電対用のロジウムとか、触媒用のパラジウムとか。

 

「……そんなに重要な基質なのですか?」

 

「……ほら、銀の代替品として使えるかもしれないでしょ?」

 

「希少であると報告にありますが」

 

「うーん、薬品耐性的に金の代わりに……」

 

「まだこの金属については精錬技術も加工方法も未発達ですよ?もちろん、キイ嬢にとってこれが重要だというのはわかります。問題はそれをどう説明するかです」

 

痛い所を突かれてしまった。実際、ペレグリン・フィリップスが接触法の特許で白金を使ったのが1831年だっけ?それまで白金はちゃんと扱われてこなかったわけで。

 

「……難しいけれども、可能性があるなら調査をするべきでは?」

 

「……どうにかしておきます。まあ、うまく説明できないならそれでいいですよ。内容に不足があるので、より詳しく報告してくださいとして書いておきます。あとこれは適当な薬学師からの批評として添付しておきますね」

 

「ありがとうございます」

 

「まあ、こういうのは誤魔化すのが難しいですから。私は得意ですけど」

 

一応この編集所長は私が色々と変なことを知っていることを知っている。そしてそれをあまり詳しく聞かないでいてくれる。もちろん、必要な知識があれば聞き出そうとするし、私も合理的に答えられる範囲ならちゃんと応対している。まあでもそういう知識をちゃんと辻褄を合わせてアウトプットする方法とかは教えていないので彼女が編み出したのか。恐ろしい。

 

「で、今日は帰るんですか?」

 

「そうだね、そろそろ府中学舎が始まるし」

 

学徒の選抜試験は私が療養している間に進んでいた。というかこの案件は頭領府のものであって、私はそれなりに重要な地位にいるとはいえ最悪いなくても何とかなる程度の存在なのだ。もちろん授業内容とか判断とかにおいて私は頼られているけど、いなくなってもどうにかはなるだろう。そうでなければ困る。

 

「ああ、あれって聴講自体は自由なんでしたっけ」

 

「基本的にはそうだよ。一応無料だけど寄付箱を置いておくつもり」

 

内容としてはかなり専門的なのであまり人は来ないとは思うけどね。中には軍事機密とかも混じっているからそういうものはこっそりとやるつもりではあるが。

 

「結構集まりそうですね」

 

「そうは思わないけどなぁ」

 

「府中学舎の講師、なかなかいいと評判ですよ?特に薬学師たちからはあのトゥーヴェ嬢の話を聞けると噂になってます」

 

「絶対あの人そういうこと言われるの嫌いでしょ……」

 

一応編集所長である彼女はトゥー嬢と事務的やり取りをする程度には顔見知りである。

 

「しかし、よくまああの人を誘えましたね」

 

「頼んだら仕方ないなと言ってやってくれた。かわりに私の授業を聞きたいらしい」

 

「へえ、キイ嬢の話も面白そうですね。何をやるんです?」

 

「応用的算学とか、機械についてとか。色々やるつもりだけど、相当難しくするよ?」

 

「まあ、あそこに選ばれるような学徒なら多少無茶してでも追いつこうとするでしょう」

 

これ以降は私が直接何かをするというよりも、発展の方向性を決める礎を作るとかになってくるからな。助長とか掣肘とかにならないよう気をつける必要があるけれども。

 

「まあ、滞在費と食費を出しているんだから気合い入れてもらわないとね」

 

府中学舎の学徒には結構いろいろな権限を渡してある。例えば調査のために各所の図書庫に入ることもできるし、必要であれば「図書庫の中の図書庫」から資料を取り寄せることもできる。一応関係者の身辺調査も進めているが、多分大丈夫との中間報告は「刮目」から受けている。長期的には国際的な機関にしたいから、色々考えなくちゃな。

 

「もし何かあったら学徒がここに聞きに来るかもしれないから、相手してもらっていい?」

 

「いいですけど、来ますかね?」

 

「この図書庫の城邦で、技術について一番詳しいのは多分あなただから」

 

「……確かに」

 

編集所長にとって、私の言葉はちょっと意外だったらしい。一応彼女、ここにくるあらゆる報告に目を通して、その価値を判断できる程度には知識がついているのである。

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