図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第27章
自己紹介


緑の外套を羽織り、数十の学徒に向かい、黒板を背にして私は足を肩幅に開く。

 

「さあて、始めていきましょうか!」

 

そう言って部屋全体に響くほどに指を鳴らす。声を腹から出せ。スピードを抑えろ。このノリでひとまず10刻ほど飛ばしていこう。普段は学会発表のときぐらいにしか使ってこなかった脳のモードを使うのは久しぶりだ。アドレナリンが出るのを感じる。

 

「まずは集まってくれた諸君!記念すべき府中学舎第一期生!我々は君たちを歓迎しよう!」

 

っと、前の方に座っているケトが無言で耳を押さえたのでちょっとボリュームを下げなくちゃな。思ったより人がいて驚いているのだ。今は府中学舎で最初の授業。生活とかは別の人が担当してくれている。なので私は基本的には教えることに専念できるのだ。もちろん情報共有をサボるつもりはないけどさ。

 

「私はキイ。司女をしている。専門は新しく生まれた技術分野、つまりは印刷と電気だ」

 

少しだけ教室がざわめく。訝しげな学徒の視線。まあ、私の名前はあまり知られていないからな。「総合技術報告」に名前を載せていないのもあるし。

 

「君たちは能力がある。未来がある。我々から知識を、技術を、思想を、視点を吸収し、自らのものとして欲しい」

 

私が目を受けるのは選抜を受けた学徒、ではなく後ろの立ち見の人達。まだ10代前半なんじゃないかという若さの子もいる。わざわざ聞きに来るということは、色々とやる気があるか、あるいは知り合いの講師におすすめされたとかかな。授業が全体を通して聖典語だからそこに慣れていないとちょっと辛いかもしれないけど。

 

「それでは、学ぶ内容を説明していこうか。まずは半年後の机上演習に向けて、基本的な知識を身に着けてもらう。それに加えて、人に仕事を頼むとはどういうことか、あるいは効率的に自分の考えを相手と共有する方法とかも」

 

こういうものは正直時間を取って講義でやる必要がどこまであるかは個人的には怪しい気もするが、本がない状態で手探りでOJTするのにも限界があるだろう。なのでやる。

 

「例えばだ、私が君たちに何かを頼みたいとしよう。机を動かして欲しい、と私が言った時に、君たちは戸惑うだろう。どの机を、いつ、どこに、どうやって運べばいいんだ?もちろん、常識を働かせてやってもいい。そうして、私が理不尽に怒るわけだ。なぜ聞かなかったのだ?私が思っていたのはこうではない、と」

 

苦笑いする学徒がいる。あ、やっぱりこういう理不尽な命令は普通にあるんだな。

 

「重要なことの一つは前提の共有だ。例えば歩き回って会話をして欲しいから、机を動かして欲しい、と言えば多少はわかりやすくはなるだろう。ここにある机を、今、部屋の隅にでも、協力して運べばいい。では、やってもらおうか」

 

恐る恐る学徒が動き出す。ふむ、どう動くかな。知り合いらしい何人かが協力して動かしている。一人で動かそうとしている女性を助けようと動く人は……あ、ケトがいた。なんというか、ここでケトは結構積極的に動けるんだよな。

 

かろうじて記憶している学徒の顔と名前と結びつけて、全体の傾向を頭の中で纏めていく。この世界での年齢というものは特に重視されていないので参考程度にしかならないが、16で勤務を始め、20ぐらいで最低限の経験を積んだ若手になる。学部生を相手にする感じだな。

 

「うん、では続けよう。例えば、ここで顔を合わせた人の少なくない部分は初対面だろう。多くの仕事で、その場で会った人間同士で協力しなければならないことは多い。まずは最初だ、そういう環境で人に話しかける訓練をしよう」

 

下手するとこの方法は逆効果なんだよな。孤立感を強めるだけに終わってしまう。けれども、まあ私にはちょっとズルができる。ケトがいる。というか年齢的に20代中頃のはずなのだがこの中でも若く見えるよな。

 

「それに入る時に渡した紙と紙挟、それに自分の筆記具は持っているよな?」

 

そう言って、少し間を置く。あ、一人持っていない人がいた。ケトが貸してあげてる。よし、見た限りではあまり問題はなさそうだ。いや本当に講師というのはこういう風にやると大変だな。全体に気を配らないといけない。助手を一人混ぜていても正直辛いな。

 

なおこの紙挟は特注品である。木を剥くように薄板を作って、繊維方向に直行させて接着した合板。木材加工を得意とする森林地帯であの長髪の商者がやっていた機械化加工装置開発の結果作れるようになったものらしい。あの人一体どこまで手を出しているんだ。個人的には接着剤として熱硬化性樹脂とかを使いたいところなのだが、ホルムアルデヒドの合成はともかく尿素かフェノールあたりが欲しいのでそこがちょっと問題。

 

「それでは、相手について聞いてみよう。今後一緒に学ぶ相手の事を知るのは重要だ」

 

アイスブレイク、にはならないだろうな。多分みんな緊張してうまく動けないはず。それを分析して、どうすればいいかを少し考えさせて、もう一度やらせる。こういうのを疎かにする先生、結構いるんだよね。

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