図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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典型

「人間は、初めて会った相手からでも結構色々な事を無意識に読み取っている」

 

私の話自体にある程度注意を惹くことができたので、語気を少し抑えめにする。速度が早くならないようには重ね重ね注意。黒板が助けになるとは言え、人間には限界があるのだ。なお速記でメモを取っている学徒もいる。とはいえこの人は確か聴講者だから別にいいか。メモを取ることに集中するのはあまりいいことではないけど、こうやって記録をしておくと後でまとめる時に助かるので。あとで見せてもらおう。

 

「例えばそこの君。彼女に話す時の口調と、そっちの彼に話した時の口調が異なっていたよね。理由を自覚できている?」

 

私に指差された青年はびくりと怯えたように背筋を伸ばすと、無言で首を振った。

 

「まだいいよ。自分の考えや行動を見つめるようにして、なぜそういうことをするのかを考える癖をここに来た人たちには持ってもらいたい。それはもちろん辛いことだけど、それをやると色々と見えてくるものがある」

 

とはいえこれを自分の中だけでやっていると思想が偏るから慣れてきたら共有と議論が必要になるんだけどな。まあこれは今すぐである必要はない。

 

「私の勝手な想像だけど、多分君が対応を変えた理由として性別と年齢がある。いや、厳密には君が性別と年齢をどう判断したか、かな」

 

ここらへんの話は結構センシティブなのでかつての世界では触れられなかったが、まあここでならいいだろう。そもそも価値基準が大きく違うのだ。

 

「あ、これからの私の意見に反論がある人は適宜言って欲しい。そうしたら議論をしよう。時間がなかったら後で話す時間を設けるから」

 

そう言いながら私は黒板にコツコツと聖典語の単語を書いていく。

 

「男性か女性か。年上か年下か。どのような職業に就いていて、どういった過去を持っているだろうか。自分と似た性格だろうか。あるいはあまり仲良くできそうにないだろうか」

 

「質問をいいですか?」

 

後ろから聞き慣れた声がしたので振り返るとケトだった。よし、こういう第一質問をやってくれる人はあまりいないので仕込んでおいたサクラがちゃんと機能している。こういうのの効果は将来的にちゃんと分析されるべきというのは置いておくとして、対応しなきゃな。

 

「どうぞ」

 

「例えば身長とか、声の調子とか、そういったものを入れると膨大になるのではないでしょうか?」

 

「その通り。ここに書ききれないほどのものを、私たちは目と耳に入れている。しかし、そこから生み出される反応は少ない。私たちは相手を分類するからだ」

 

私は横に一本線を引く。

 

「例えばそうだな、『暗い』とか『内向き』とか『静か』と形容されるような人と、『明るい』とか『外向き』とか『活動的』と形容されるような人。自分と同じ側の人とはやりやすいかもしれないし、違う側にあれば衝突が起こるかもしれない」

 

「キイ先生、いいか?」

 

お、別の質問者。ちゃんとケトは呼び水になってくれたようだ。

 

「どうぞ」

 

「しかし、例えば同じ『暗い』とされる人でも……そうだな、何かを作るのが好きな人と読んだり視たり聴いたりという方が好きな人とがいる。それはこの線だけでは扱いきれないだろう?」

 

おっ、いい質問だ。多分彼は創作側の人だな。そういう匂いがする。

 

「そうだね、ならもう一本線を用意すればいい」

 

横線の中央に縦に線を引き、上側に「使う」、下側に「作る」と書く。

 

「黒板には描けないが、もう一本線を用意することができる」

 

指示棒に使おうと思っていた棒を取って黒板に立てる。これで三次元。

 

「基準を設けると、最初の一本の線では二種類に人間を分割していた。もう一本足すと四種類。そうして、黒板を飛び出すと八種類になる。頭の中でであれば、十六種類の人間を考えることもできるが……恐らく私たちは、そこまで細かく認識していない」

 

ここからは私の思想タイム。実際かつての世界でもパーソナリティ心理学はいろいろと説が多かったしね。

 

「私たちはこういった複雑な条件を組み合わせて、数個……多くとも十数個の典型的例を想定している、と私は考えている。もちろん違うかもしれない。もし反論があれば、それを調べるための計画について後で話そう」

 

様子を見ると……そこまで強く興味を持つ人はいない、と。まあいいか。

 

「だから私たちは相手によって対応を変える。これはある種、合理的な判断だ。膨大な組み合わせとそこからの対応を考えるよりも、よくある典型的例に沿って対応するほうが楽だし、誤りも少ない。しかし、それは同時に本来は見ているはずのものを欠落させているということがある」

 

さて、ここからはある種の偏見に気がついてもらおうか。もちろん、こういうやり方には問題があることは自覚していますとも。けれどもまあ、実行しないと更に面倒なことを長期的に引き起こしかねないのである程度は必要だろう。

 

「特定の行動への嫌悪感、あるいは自分を誤って典型的に扱われたという感情。そういったものはしばしば表情の動きや声の調子に出る。読みにくいかもしれないが、気がつくとある程度はっきりとしたものになる。多くの人が意識せずにやっていることではあるが、ね」

 

私はこれが結構難しかったので小学校時代に死んでいました。なので結構映像を見て訓練したんですよ?

 

「ま、よくあるのは性別での決めつけだ。性別は確かに性格を決める大きな因子ではあるけど、君たちみたいな観察力と思考力を持つ人間がそういった安易な二分をするのは、恥ずべき怠慢だよ」

 

人の上に立つということは、本来かなりのスキルがないとできないのだ。大抵は経験でなんとかされているが、きちんと基礎からやっておくと多分楽だからな。上下の意思疎通ができない官僚的機構というのは無い方がマシだったりすることも珍しくないしね。

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