図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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播種

「……結構、大変そうだね」

 

私は廊下から死屍累々の部屋をこっそり覗いて言う。何人かが床で寝息を立てており、机の上には書きかけの書類がある。しかし聞こえる声には疲れは見えず、ちゃんと建設的な議論ができていることがわかる。

 

「まあ、これだけの案件をまだ若い奴らに与えるというのは少し無茶すぎたかもしれんがな」

 

私の隣でそう言うのは外征将軍。今回の机上演習のシナリオ作成者だ。なお今回のシナリオには明確な敵や悪者はいない。あるのはちょっとした確執とか勢力の不均衡とか怠慢とかだ。

 

「複数の課題の矛盾を無理やり合わせていこうとするから崩壊するんですよ」

 

ため息を吐く私。私の講義のせいで理想主義者が増えてしまったかな。まあ、どちらにしろこういう挫折と言うか振り返りのタイミングがあることは素晴らしい。ちなみに学徒の行動を判断して結果を編んでいる事務経験者曰く、下準備と根回しが足りないから色々なことが裏目に出るようにしたとのこと。

 

「評価は明日にして、彼らをとっとと学徒寓に戻すべきかもな」

 

「いや、ここはもう少し待ちましょう。なにかいい案が出来たようですし」

 

実際のところ、内容自体にはあまり期待をしていない。優秀な若手と言っても、普通は色々と足りていないところがあるものなのだ。ケト?今更気がついたけれども、あれは色々とおかしい。ハルツさんに仕込まれた思想と知識、あと私の邪悪さの組み合わせで恐ろしい政治家にして官僚になってしまった。

 

「……そうか」

 

「無茶の限界を知ってもらいたい、というのもありますけどね」

 

体力でゴリ押しできるのは若者の特権だ。私にはもう無理だ。なので裏で色々と準備をして、専門知識で殴るのが良い。なぜケトが若い癖にそれができているんですかね?私をもう一人作る方法は多少は見当がつくけど、ケトをもう一人作るのは図書庫の城邦の総力を挙げてできるか怪しい気がする。

 

「それで、私はあまり情勢を知れていないのですが、どうなっているのですか?」

 

「仮想的に作った二つの派閥の対立が激化している。学徒たちにはそれぞれ秘密の指令を与えておいたからな」

 

「ああ、前話したやつを本当にやったのですか……」

 

学徒はそれぞれ図書庫の城邦の中の組織を代表して動いている。そして、その中には組織の利益や万人の幸福のため以外に動く人がいる。当然だ。人間はそこまで強くはない。なので比較的悪巧みのできる、いわば我々と同じ匂いをする学徒にこっそり私腹を肥やすために動くように言ってある、というわけだ。

 

「しかし、対話も難しいとは」

 

「普通は敵対している派閥同士のトップが定期的に連絡を取り合うなんてことはないのですよ」

 

「俺は兄とそう頻繁に会っているわけではないが」

 

そう、この外征将軍は図書庫の城邦の野党というか第二勢力のトップで、今の頭領、つまりは与党というか第一勢力のトップの弟なのだ。人間関係が狭いよ。

 

「ああ、頭領と言えば娘さんは元気です?」

 

「文字が読めるようになった、と兄がはしゃいでいたな」

 

ええと、今三歳ぐらい?年齢の概念が薄いのでなんとも言えないが、多分発達の速度としては問題ないよな。

 

「それはそれは、かわいい頃でしょう」

 

「最近は『総合技術報告』を見るのがお気に入りらしい」

 

「はい?」

 

こういう場所でまず出てこないような聞き慣れた名前が出てきたので思わず変な声を出してしまう。

 

「毎晩娘に読み聞かせているそうだ」

 

「父親が……頭領が?」

 

「ああ」

 

正気か?子供に専門書を読み聞かせる親なんて私の両親ぐらいだと思っていたのだが。

 

「それは……今度から報知紙の広告に『子供への寝物語に最適』と書いておく方が良いかな」

 

「頭領も愛用、とでもつけておけ」

 

危ない会話をしながら私たちは笑う。

 

「確かにあれは公開されている本ですからいいですけど、もっと他に読ませるといいものがあるでしょうに……」

 

「聖典はもう読ませ終わったそうだ」

 

「良い父親すぎないか?」

 

あの人相当な激務を抱えているはずだろう?なにせ図書庫の城邦におこる厄介事の最終判断をしなければならないのだ。たとえそれが信頼できる部下からの提案をただ受け入れるだけというのならともかく、ちゃんと予備案を作らせたり、第三者を呼んだりとしていることは知っている。

 

そういえば最近はケトが技術方面の非公式アドバイザーをしているらしい。なぜって私に毎晩変な技術的な質問をしてくるからだよ。浄水設備とかあまり知識がないから処理実験するべきとかいうことを私が言うと、ケトがいい感じに翻訳してくれるらしい。ありがたい。

 

「……多分、彼女か彼女の弟の世代で、色々なことが実るだろう」

 

「私たちが蒔いた種が、ですか」

 

「今も蒔いている、な。今ここで学んでいる学徒は、その世代を支える重鎮となるだろう人たちだ」

 

「……どうしても、私はその視点を落としがちなんですけれどもね」

 

たまに教育を目的として考えてしまう。それは手段に過ぎないのだ。確かに学んだり調べたりすることは楽しいが、その先に何をするかということが本来は重要なのだ。私の精神は、多分博士課程時代で止まってしまっている。とはいえ博士課程のころは学部生で止まっていたからな。成長かもしれない。

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