図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第28章
支配


壁に貼られているのは、緯度の間隔からすると正角円筒図法だろうか。高緯度地域の歪みはあるが、局所的には歪みが少ないので常に羅針盤を見て進むような船には便利な投影法だ。

 

「どうだね?」

 

頭領府外交局で、長髪の商者が自慢げに言う。

 

「……なんで、これを作れたんですか?」

 

世界地図である。それも、おそらく1000 kmぐらいの誤差しかない。ああそうか、電波があるせいで経度がかなり正確に出せるのか。おかげで私の知っている歴史で作られたどの種の地図ともなんか違うはずだと思った。

 

「単純な話だ。無線機を持たせた商者や使節官に調べさせた。中には船の民から買ったものもあるがな」

 

「どうやって図の内容を送ったんです?」

 

「いや、北に何刻、北東に何刻と伝えるだけで問題なくできたが」

 

「そういえばそうか……」

 

実物を持ち帰ってきたりする必要は別にないんだよな。なら数年でも行けるか。あくまでそれは理論的な最短期間であって実現していいものではない気もするのだが?

 

「点が大都市。線が主要航路。我々の商会は、海あるところ全てに荷物を届けることができるようになりつつある」

 

「ここらへんに海峡とかありません?」

 

私が指差すのはマガリャネス海峡とか希望岬みたいな雰囲気がある地点。海岸線が途切れているので、多分情報がないのだろう。

 

「噂ではな。おそらくあるが、非常に超えることが困難だとされている」

 

「もし越えられれば船で一周できるわけか……」

 

「今は無理だな。ただ、これだけの版図を手にできたのはかつての皇帝以来だろうな」

 

「なるほど、『仕込み』というのはこれでしたか」

 

各所に置かれた商会のネットワーク。真空管を修理し、作成できるだけの技術者のいる整備地点。

 

「ただ、通信が遅いのはどうしても問題だな」

 

痺因(電気)を流す金属線を海に沈める方法もあるのですが、問題は多いですしね」

 

海水は導電性である。そこに電線を沈めるとコンデンサみたいな構造になって、交流だと損失が発生する。それに被覆の問題もあるし、ここはあと数十年かけてやっていくしかないだろうな。光ファイバーが通るまではもっとかかるだろう。

 

「とはいえ、これでやっと計画を進められる」

 

「計画というのは?」

 

「地の上の全てを扱うことだよ。古帝国は成し遂げ得なかった」

 

「……驕りには注意するべきですよ。それだけ、失敗も拡大するのですから」

 

泡沫(バブル)。大恐慌。世界金融危機。私の中には、そういう破滅の知識もある。かといって、これを止められるかというと正直かなり微妙なところだ。人間の欲望と、先を見る力の限界と、経済という魔物。まあ、机上訓練に盛り込めばいいか。

 

「……覚えておこう」

 

「しかし、本当にここまでこの短さでやってのけるとは意外でしたよ」

 

「各地との通信ができるようになると、一気に色々なものが進むからな。必要な資源をわざわざ図書庫の城邦から運ばずとも、近場で手に入れることができるようになる」

 

古帝国の発展は、未知の資源の活用によってもたらされたところがある。混凝土(コンクリート)のもとになる火山灰。硝子(ガラス)作りに適した砂の場所。あるいは、馬という動物。そういったものによって生活は豊かになり、多くのものが生まれ、そしてそれらをやり取りできなくなったことで崩壊した。

 

「……依頼があります」

 

「対価は?」

 

「ありませんね、ならお願いと言うべきですか」

 

「……何だ?」

 

「あらゆる場所で共通の尺が使われるようにして下さい。同じ部品を売るだけである程度は実現できるでしょうが、長期的には各地の支配者と交渉する必要も出てくるでしょう」

 

「ああ、それは必須だ」

 

必須とまで言い切るか。かつての世界だって統一はできなかったんだぞ?

 

「通貨については、まあ難しいかもしれませんが」

 

「いや、我々の商会が扱う貨こそが価値あるものとなるのだよ」

 

確かにたとえそれが印刷された紙であったとしても、商品と交換できるという信用があれば通貨になるんだよな。

 

「……なら、いいですよ。あなたが、あなたの商会が支配できるほど容易ではない、と警告はしますがね」

 

「野望なしに覇業は不可能だよ」

 

なんていうか、暴走している感じではないんだよな。それが不可能に近い難事業だとわかっていて、挑んでいるという印象を受ける。

 

「反乱とか起こらないようにはしてくださいよ?」

 

「取引相手を増やすことの重要性を商者に説くか?」

 

「そもそもこれだけ広い範囲での取引の知識はないでしょう?」

 

「……そうだな。今後も、意見を頂けるか?」

 

「対価を貰いますよ。やっと自分のために色々とやりたくなってきたんだ」

 

私がそう言うと、長髪の商者は意外そうな顔をした。

 

「まさかキイ先生がそういうことを言うとはな」

 

「私が死ぬまで働くような労働好きに見えたと?」

 

「いや、責任を感じるのではないかと思ってな」

 

「……もう、任せるべきは任せるべきだと考えたのですよ」

 

「なら、止めはしない。それはそうと頼みこみはするが」

 

「それぐらいなら構いませんよ」

 

さて、そろそろ表舞台から去る準備をしよう。とはいえ、まずは府中学舎の第一期生を送り出しておかないとな。

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