図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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統制

「……練習?」

 

「そうです。本番で手間取りたくはないので」

 

そう言う府中学舎の学徒の手元には記録用紙。

 

「これは何を?」

 

「今回試しているのは飢饉に対する対応です。発生する暴動に伴う混乱が、配給にどれだけ影響するのか知りたくて」

 

「……何か、参考にしたものはあるの?」

 

「私の両親が小さかった頃にあった飢饉をもとにしています」

 

私の微妙な表情の変化をこの学徒は見抜いただろうか。正直な所、私はまだ死が案外身近で、戦争や飢饉が珍しくないこの世界の価値観に慣れていない。それは私が過ごしたかつての世界では意識する必要がなかったものだ。それは本の中にしかなかった。けれども、こちらではそうではない。いつも忘れそうになる。

 

「……詳しい資料、欲しい?」

 

「いえ、『図書庫の中の図書庫』から必要なものを見せてもらっています」

 

「え、あれって閲覧とか難しいはずじゃ」

 

私の時は結構渋られたんだぞ?

 

「中に入るのは駄目らしいですけど、内容を言えば閲覧させてくれましたよ。さすがに府中学舎の正規生でないといけないそうですが」

 

「ああ、確かに聴講生でもいいなら実質的に誰でも、となってしまうからね」

 

歴史そのものに直結していない、事実としてのデータからなら、ちゃんと私の統制下にある学徒相手に見せるなら面倒なことにはならないという判断かな?

 

「それで、どういう結果が出ているの?」

 

「もし完全に、適切に、全員が食べる量を切り詰めて、無駄なく輸送が行われて、輸入もうまく行っていれば餓死は起こりません」

 

「つまり、実質無理ってこと?」

 

「……そうなりますね。ただ、これはあくまで当時の話です。今ならもう少し色々とできるかと」

 

「例えば?」

 

「今回の想定では氾濫による穀倉地帯への打撃を考えました。手紙をやり取りしたり、被害を確認する時間を無線で短縮できないか、というのが今のところの案ですが」

 

「それ、輸入先についてはどれだけ考えている?」

 

「凶作の分だけ多少高くなるだろうとは考えていますが、前の時は他の地域では特に収穫量は問題なかったとされています」

 

「……なるほど。もし、例えば寒い夏とかみたいな広範囲にわたる天候問題に由来する凶作とか、あるいは害虫とか、そういう問題の場合は?」

 

「考えられていませんね。そこまで本当はやりたいのですが、まだ……」

 

「具体的な問題は?」

 

「適切な情報がないことですね。古すぎると灌漑とかがどれだけされていなかったのかとかも考えなくてはいけないので」

 

天候に基づく収穫量推定のための長期的分析が必要だな、と頭を切り替える。天気の記録、確かあまりされていないんだよな。日誌とかをつけているという話もあまり聞かないし。ちゃんとしたものができ次第始めるか。

 

「……わかった。それについて、まとめたものを作っておこうか?」

 

「キイ先生がですか?」

 

「そう」

 

「……これはキイ先生の能力に対する疑義混じりになるのですが」

 

「事前に通告するのは正しいけど、許可を得ていない人間にはもう少しぼかそう」

 

「はい。そのようなことができるのですか?」

 

まあ、妥当な疑いだろう。実際私だってコンピュータなしでやるなら面倒だなぁとなる案件だ。

 

「十数年に一度程度起こるような災害は、数百年単位で見ればそれなりに例がある。あとは平年の収穫量の変化を加味して増減した分の割合を考えればいいんだけど……それなりに時間がほしい」

 

「わかりました。時期に期待しないで待っています」

 

「そうしてもらえると助かる。あとそういう言い方する相手は選ぼうね?」

 

「もちろんです、キイ先生。ありがとうございました」

 

そう言って学徒は駒を動かす作業に戻る。盤面を見ながら、私は少し思考を回していく。育てる作物の分散とか、あるいは収穫物を税収として回収する分の調整とか、そういうのは大局的な視点からやったほうがやりやすくはある。問題はどれぐらいがいいのかということ。机上演習で管理経済とかの方面になるとそれはそれで弊害があるけどな。Электрификация всей страны(全国土の電化) - это(それは) коммунизм(共産主義) минус(引く) советская власть(ソビエトの権力). というわけだ。

 

少なくともこの手の演習と、定性的な心理学的アプローチとがあれば、政治決定については相当マシにはなるだろう。それでも限界があることはよく知っている。その時点での最良の判断が歴史的に見て決定的な過ちだったなんてことは枚挙に暇がない。

 

「……少し聞きたいことがあるんだけれども、いい?」

 

「構いませんよ」

 

「あなたは、こういう取り組みは例えば頭領府みたいなところが主導するべきだと思う?それとも、各地域の衙堂の協力でなされるべきだと思う?」

 

「どっちも最大限使わないと意味がないでしょう」

 

「衝突しない?」

 

「……互いに意図を理解していれば、補完できるはずです。きっと。私はそう信じます」

 

「わかった。けれども、もし無理だとわかったらその考えは捨てなよ?」

 

「……はい」

 

イデオロギーに縛られると面倒なのだ。正しいのは現実であり、そこに生きる人々なのだ。もし仮説が成立しないなら、それは捨てねばならない。まあ、ここで誤らない方が難しいものだけどさ。

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