図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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事務

前借りした給与で買った屋台の炊き込みご飯を道路脇に座って食べながら、私はぼんやりと宙を見る。

 

「大丈夫ですか?」

 

「久しぶりに頭を使ったからね……」

 

紹介された講義は人気らしく、立ち見の学徒もいるほどだった。やったのは聖典語の単語と文法。ケトが欠伸をしていたところを見ると彼にとっては特に難しいものでもなんでもないらしい。大抵の講義は一回目の授業が終わった後に授業料を支払い、それと引き換えに履修者であることを示す木の札をもらう。もしその講義に受ける価値があると思えなければ早々に退出する、ということなのでつかみは重要そうだ。

 

「聖典語で聖典語を教えるの、本当にどうして……」

 

「そういうものでしょう?」

 

「私の知っているところではそういうものではないの」

 

それにしてもこれはなかなか美味しい。魚ベースの出汁であまり粘ついていない米を蒸して香草をどかっと入れたものだ。炊き込みご飯というと語弊があるならピラフと表現したほうがいいだろう。おこげがいい。匙の洗いが雑なのは気にしないでおこう。とはいえ衛生方面も手をつけるべきかな。センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプの二の舞は嫌なので顕微鏡と純粋培養の技術は欲しい。つまりはガラスだ。

 

「……食べる?」

 

隣りに座ってじっと私の方を見るケトに、いい具合に焦げた部分を切り分けながら言う。

 

「いいんですか?」

 

「食べたそうにしてたから」

 

「いや……まあ、いただきます」

 

そう言って一口食べるケト。

 

「なにかあった?」

 

「いえ、美味しそうに食べるキイさんは綺麗だなと」

 

「ふうん」

 

おや、私でも容姿を褒められるのは案外嬉しいものなのか。少し自分の感情を意外に思う。そもそも他人から外見を評価されることが長らくなかったからな。

 


 

講義の形態は様々だ。毎日午前中あるいは午後やるもの、隔日で行うもの、あるいは何日かやって何日か休むもの。タイミングが合えばひと月にいくつもの講義を履修できる。で、空いた時間は私たちの場合衙堂での仕事だ。

 

「これは?」

 

同僚の女性が私の手元の蝋板を見て聞いてくる。

 

「頼まれていた収穫量についての絵です」

 

少し思考を開放しよう。インフォグラフィックをどう表現するかはなかなかに難しい。テスターとしてケトを使っていたが理解能力がどんどん上がっているので参考にならなくなった。この世界の、特にグラフの知識がない人が見てぱっと情報を把握できるかどうかが知りたいのに。いや、これはケトの成長を喜ぶべきだな。それにしても比較対象がないから何とも言えないが彼はそうとう賢いのではないだろうか?私が同じぐらいの年代の頃に官僚的事務ができたかは怪しい。

 

「……ああ、地図になってるのね」

 

「はい。方角は大まかに合わせただけですが、それぞれの四角形の面積は各区における農地面積を表しています」

 

「面白いね。……第八区の収穫量が悪い?」

 

「はい。面積が大きいのでわかりにくいですが、他の地域と比べてもあまり良い収穫だとは」

 

「おかしいな。第八区は豊かな土地だと聞いていたのだけれども」

 

「キイ嬢、持ってきましたよ」

 

「ありがとう、ケト君」

 

ケトがいくつかの巻物を私の作業している机の上においた。

 

「それらの本は?」

 

「過去の収穫報告です」

 

女性の質問にケトが答える横で、私は巻物を開いた。こういうデータがきちんと蓄積されているのはありがたい。余裕があれば長期統計とかを作って経済計画に使えるかもしれないが、正直今年の報告を作るだけで手一杯だ。ちなみに城邦の代表者であり図書庫の名誉ある守護者である頭領に対して報告を行うのは我らが上司にしてブラック労働の体現者である煩務官であるという。今作っているのはその補助資料というわけだ。

 

「今年だけが悪いのか、それとも収穫量だけで見られてきたのか、あるいは他の理由があるのかを確認しなくては」

 

「お願いするね。しばらくしたら、話を聞かせて?」

 

「わかりました」

 

私は首を鳴らす。さて、謎解きの始まりだ。

 


 

結果は非常に単純なものだった。収穫統計において全ての収穫物は容量、具体的にはある特定の規格の籠いくつぶんかで計算されているが、第八区では主要生産物がその気候条件ゆえに栽培可能なある種の産油植物であるということを見逃していたのだ。ケトが言うには背がそこまで高くない木で、実と種に油が多く含まれているらしい。燃料や調理に用いられる程度には一般的だとか。

 

「で、麦に比べてその油果は面積あたりの収穫量が少ない……」

 

蝋板にケトがまとめた説明を聞いて、女性は考え込むように呟く。

 

「かわりに値段は高いので、豊かというわけです」

 

「よし、わかった」

 

で、こんな作業をしているだけで一日が終わるのである。今日の報告を後で煩務官が確認できるように伝言板がわりの蝋板に残して、私は背中を伸ばす。そろそろ終業かな。

 

「今日は聖なる日だ!酒を飲みに行かないか?」

 

男性の声と、それに続く歓声。おお、この世界でも飲み会というのがあるのか。それはそうか。

 

「君たちも来るか?」

 

声の主がこちらの方を見る。ケトと私は顔を見合わせて、参加意志を示すべく立ち上がった。

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