「ケト君から聞きましたよ?」
そう言ってニヤニヤとしているのは「総合技術報告」編集所長。
「……あまり思い出したくないんだけど」
「いいですよねぇ恋」
「……独身じゃなかった?」
「新婚の兄さんを見ていると楽しいんですよ」
「いつの間に結婚してたんだ」
一応元上司として、今度会ったら祝いの言葉の一つでも送ってあげないとな。まだ印刷物管理局の人だったっけ?
「で、どうしたんですか?」
「どうって?」
「……触れ合わせたんですか?*1」
私は息を吐いて、編集所長の頭に厚紙で表紙を作ったしっかりめの本の背を落とす。
「いたい」
「一応私もケトも衙堂で働いているんだけど?」
一応彼女も司女なので結婚はしていないはずだ。
「……いいんですか?」
「何が?」
「いや、そういうことをしてもいいと私は思いますよ?もう月のものは終わっていましたっけ」
「続いているよ、初産はもうやめておいたほうが良い年齢だけど」
「……逃げられたくないなら子を成すのは、ここらへんなら悪い方法ではないと思いますが」
「なぜ場所を限定してるの?」
「ああ、私の生まれたところだとそこまででもなかったので、というだけです」
「ああ、地域ぐるみで育てるみたいな?」
「そんなところです」
ここらへんの育児文化の違いとかにも本当は手を出したかったんだが、ここを触ると結構面倒になりそうなのでやっていない。衙堂が育児に関わるのは孤児の引取りとかの例かな?あまりない気がするのでそこらへんのノウハウが少ないのもある。とはいえ保健衛生学の延長で触ることにはなるだろう。
「話を戻すけど、私は……ケトを引き止めたいとは思ってないよ」
「ケト君はそうは思っていないかもしれませんけどね」
「どういうこと?」
「自分が迷ってもちゃんと引き戻してくれて、安心できるような場所を用意してくれる人に男は惹かれるものです」
「……根拠が薄い気がする。男女は関係ないのでは?少なくとも私はそういうことしてくれるケトが好きだけど」
「ケト君にも言いましたけど、私の発言を論理的に批判するか惚気けるか、どちらかにしてもらえませんか?」
へえ、ケトも惚気けるんだ。可愛いなぁ。……私について、だよね?
「……どんなこと話しているの」
「本人に口止めされています。もしキイ嬢との会話を伝えていいなら教えますが……」
正直なところ結構悩む。いや恥ずかしいけどケトが私のことどう思っているか知りたいでしょ?
「まあこれについては一旦置いておきましょう。府中学舎の論考集ですけど」
「ああ、集まり具合は?」
「敏腕の刈り手を送ってあります」
印刷の前の推敲とか植字を考えると、まあ原稿はできるだけ早くできた方がいい。そしてこれは汎世界的事象であるようだが、締切は守られない。かくして編集者が鎌を持って原稿と魂を刈り取りにやってくるのだ。あ、この世界でも鎌での刈り取りを死と結びつける伝承は一部にあるようです。
「それは……大変だね」
「ええ、編集所も人が少なくなってしまって滞ります。きっと府中学舎では期限を守ろうとは教えなかったんでしょうね」
「……教えた記憶、ちょっと怪しいな」
まあ私だって結構ギリギリで色々なことをやっているので何も言えないが。いや私を見てちゃんとスケジュール立てて行動しないと体力落ちた時に動けなくなるぞ、とか言うべきだろうか。
「まあいいですけどね。実際、悪くない進捗ですし」
「それはよかった。で、どう?」
「……それは『印刷物管理局』編集所長への質問ですか?」
「図書庫の城邦における指折りの専門家への質問だよ」
「そうですね、やはりまだ視点が狭い気はします。ただ、きちんと考察の目的と問題の所在から論じているのは読みやすかったです」
「そのやり方、案外うまく行ったようで何より」
「もともと『総合技術報告』にも似たようなものありましたが、ここまで長いものについては洗練されていませんでしたからね。ここらへんも考えていかないと」
「お願いしていい?」
「勝手にやりますよ、キイ嬢に言われなくても、ね」
「……ありがとうね」
「そろそろ落ち着けるんでしょう?*2」
「そうだね、古い記録を分析して老後を過ごすよ」
「ケト君はどうするんですか?」
「さあ。図書庫の城邦から出ないだろうし、住む場所は一緒だろうから……」
「詩人とかやってもやっていけると思うんですけれどもね」
「そういうもの?」
「技術系の詩とか、あまりやられていない分野なのでケト君ほどの知識があるなら悪くないと思います」
「なら『総合技術報告』の末尾に読者からの投稿を掲載する項を用意してくださいよ」
「あれ、むしろ表紙に掲載する特集している論考についての詩をお願いしようと思っていたのですが」
多分論文誌の表紙のイラストみたいなものか。詩っていうのは面白いな。印刷コストを上げずに印象付けられるし。
「まあそれはケトと話をして」
「わかりましたよ。ところでそろそろ最終演習でしたっけ?」
「そう。準備は進めているよ」
相当な人が参加してくれる、府中学舎第一期生の集大成だ。もちろんそれ以降の期の学徒も助手とかの形で入る。私がやるのは「敵」陣営の技術顧問だ。さあて、滅びを