図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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密会

「……いいんですか?」

 

ケトと私が案内されたのは頭領府の長卓会議が行われる広間。まあ確かに最終演習をやるならこれぐらいの広さがほしいなとは思っていたが、本当に利用許可が取れるとは。

 

「ああ、この時期は使っていないからな」

 

そう言うのは頭領。案内は休憩がてらだそうで。

 

「必要な費用などは……」

 

私の隣のケトが不安そうに言う。

 

「そこまで吝嗇なつもりはないが?」

 

いやこれだけの空間借りるのって普通は大変なんですよ。学会とかの裏方を少しやったので知ってはいるけど。

 

「担当の衛兵に話をしておく。具体的な期間が決まり次第、そちらに伝えて欲しい」

 

「わかりました。感謝いたします」

 

頭を下げる私。一応頭領府に来たケトの付き添いという形だが、まあ別に一緒に行動しているから問題はないか。

 

「それでは。ああ、この部屋はあとしばらく人は入らないはずだ」

 

「……ええ」

 

扉が閉じる音が響く。

 

「……準備、できてる?」

 

「あまり」

 

やっぱり緊張するなぁ。まあ、今回は相手が相手だからというのもあるが。

 

別の扉が開き、二人の女性が入ってくる。まあ、さっきの頭領の言葉は「そういうことになっている」というぐらいの意味だ。ここで私たちは誰にも会ってないし、向こうの二人もこの時間は特に何もしていなかった。まあそこまでは言わないけど、あまり表にする必要もない接触ということで。

 

「キイちゃんもケトも元気してた?」

 

そう言うのはハルツさん。第四区第八小衙堂長で、ケトの育て親で、かつて図書庫の城邦を荒らした一人。

 

「お久しぶりですね、二人とも」

 

こちらの人はツィラさん。図書庫の城邦を中心とする諜報ネットワークの元締め。正直なところ、私はこの組織の全貌を掴めていない。秘密結社とかと呼んだほうがいいのかもしれない。

 

まあつまりは、私がこの世界で出会った裏の深い二人である。

 

「……ええ」

 

固くなっているケト。まあ私だって結構怖いのだ。ケトもこの手の政治的な話に慣れているとはいえ、限界というものはある。正直なところ、この二人は私とはちょっと格が違う。

 

「本題に入りましょう。まずはハルツ嬢からでいいですか?」

 

「ええ」

 

頷くハルツさん。私は厚紙のファイルから説明用の書類を取り出す。

 

「これは府中学者の学徒の一人がまとめた分析をもとに私が手を加えたものなのですが」

 

並んだ数字と、その隣のグラフ。こういうのを見ると原点を思い出すな。

 

「気象変動要因を差し引いても、純粋な農法の改善によって収穫量が確実に増加していることが示されています」

 

ハルツさんの作った農法書を広く導入した場所とそうでない場所の比較だ。過去の収量から補正して、数年分の変化を見ている。

 

「ただ、今後はより細かな治水なども必要になってくるでしょう。府中学者でその分野の専門家を育成するにはまだ時間がかかるでしょうね」

 

今までの体系だってない経験ベースのものを、知識と統計ベースのものに切り替えるのだ。それだけでも時間がかかるし、専門家の経験というものは決して無視できない。ただでさえ本を読むのは難しいのに、本を読んだだけで一流になることはまずできないのだ。

 

「……役に立ったようで、何より」

 

「抜本的な改善案はありますが、これは一度にはできません。各地で知見の蓄積を行って、どこかでそれをまとめて評価するべきですね」

 

私がハルツさんに渡すのは学徒が作った論考集に収録される予定のもの。なおこれを書いた司女は新しく開拓される地域にある農業実験区域に配属される司女として内定が決まっている。

 

「で、前言ったようにこれを書いた人を少し面倒見てもらえません?」

 

「司女としてやっていけるように、ということ?」

 

「そうですね。本来はハルツさんを送りたかったのですが……」

 

「ケトが小衙堂長になってくれるならいいわ」

 

「ちょっと図書庫の城邦から離れるのは難しいです……」

 

そう言うのはケト。まあ、農業実験区域があるのはハルツさんのいる小衙堂に行く道を途中でそれた場所にあるからハルツさんが何かあったら駆けつけられる範囲ではあるか。

 

「あとこれは、私の知識で書いた改善案です。見終わったら返して下さい。燃やすので」

 

そう言ってハルツさんに見せるのは人工的な掛け合わせによる目標品種の作成と、組となる特徴の分類方針について。これは染色体モデルという答えを知っていないと作れないものなので、表には出さない。

 

「……なるほど。これを導けるように誘導すればいいのね?」

 

「そこまで強くなくてもいいですが」

 

「ま、なんとかするわ」

 

よし。それで私はツィラさんの方に向く。

 

「学徒のほうはどうですか?ちゃんと学べていました?」

 

「想像以上ね。各地の報知紙の情報だけであそこまで読み取れるとは思わなかった」

 

私が課題でやったのはただのOSINTだ。というかこの世界の収集情報の整理と分類みたいな方法が最低限あったのでそれに色々と加えただけだ。

 

「それはよかった。まあ、思想の誘導とかはお手の物でしょうからね」

 

「私たちの歴史を、知っているの?」

 

「いいえ。ただ、記録からは色々なことが読み取れるのですよ」

 

図書庫の奥の方にある史料からも「刮目」なんて名前は出てこなかったが、古帝国の皇帝直属の監視人とか陰謀論的な秘密結社の話は見つかった。そのようなものの一つに刮目のルーツがあるのかもしれない。まあ、ここらへんは基本的に闇の中だ。

 

「……本題に入っても?」

 

ケトが言う。

 

「ええ」

 

「どうぞ」

 

ツィラさんとハルツさんの笑みが怖いなぁ。

 

「今後数百年存在し続けて、時には秘密裏に行動できる組織を作ってもらいたいのです」

 

そう言うケトの隣で、私はメモの書かれた紙を出す。

 

「求められる条件はそこに書いてある通りです。今後起こる問題をまとめて、キイさんが遺す対応策の中に使えるものがあればそれを使って、もしないなら案を練るような」

 

「ここで、例えば商会が不正によって鉱毒を見逃すことを防ぐ、とあるけど……こういった不正みたいなものはこの組織自体のほうが起こしやすいんじゃないの?」

 

ハルツさんが一瞬で問題点を見抜いてくれる。

 

「そうなんですよ。そこをどうやって解決するかを専門家の二人に任せたいのです」

 

私の言葉に、ハルツさんとツィラさんは顔を見合わせて溜息を吐いた。

 

「必要であれば頭領府に僕が内通者を作ります。資金はキイさんが」

 

「商会のほうからある程度まとまった金額を提供させる準備はあります」

 

ケトと私が言うと、二人の纏う気配が変わった。

 

「……既存の組織に表向きは組み込んだほうがいいかも。頭領府外交局みたいに」

 

「そうね。組織の全貌を知る人物をどこに置くかが問題だけど……」

 

さて、これで裏側を抑えるのは行けそうだな。表なら多少は覚えがあるが、こういったものは慣れた人でないとやり方すらわからないので専門家に金を積んで投げるのが一番いいのだ。

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