それは、古帝国の残滓に対しての戦いであった。
「侵攻軍は無線通信機を手に入れました。使用まで一月、解析に半年、量産には三年です」
私は手元の紙を読み上げる。なおこの情報は北からの侵攻軍、つまりは外征将軍率いる「敵」にしか知らせない。学徒の皆様には兵の動きが良くなったことと通信が傍受されている可能性から推測してもらおう。
この戦いの大義名分は、衙堂を中心とする伝統の破壊への対抗だ。私が作った戦の神を中心とする一神教が地域に残っていた信仰をもとに成立して、この新しい神の下に集った志願兵による大規模な軍団が支配領域を拡大していく、という設定。無茶苦茶なシナリオに見えるかもしれないが、アレクサンドロス3世とかナポレオン1世とか、あとはこの世界での古帝国の拡大とかを見ると結構有り得そうなラインになった。
傭兵として鍛えられた優秀な下士官たちが有機的に兵を繰り出し、瞬く間に北方諸邦を併呑。痺弓と呼ばれる特殊な遠隔攻撃武器を大量生産し、恐るべき勢いで南下し始めた。
最終演習は完全に無茶苦茶なことをすると伝えてある。これは対応力とかを見るためであって、決して私が楽しいからではない。まあ実際のところ全員それなり以上の能力はあるからな。なんとかしてくれるでしょう。
「……ふむ。第二十七部隊を駆けさせろ」
外征将軍が指示するこの駒は普通の移動ルールを無視した速度で進む。馬だ。最近馬がまだ生きている地域があるという報告があったのだが、それををもとに選抜された騎兵で撹乱と情報収集をする部隊の設定を外征将軍は作り出したのだ。ちゃんと判定はしましたとも。大成功という出目だったので仕方がありません。
改めて部屋を見渡す。ここは侵攻軍の頭脳。廊下を挟んで隣りにある長卓を囲む学徒たちを追い詰める図書庫の城邦の誇る天才たちだ。なお反頭領派として念入りに政権移行計画を用意していたので図書庫の城邦の弱点はよく理解している。
あ、私は審判です。基本的に口出しはしない、双方の行動の成功や失敗を決める係。行き交う指示書を整理し、判定のための情報を集めるために頭領府と衙堂と商会の業務が疎かになるほどの人員が注ぎ込まれている。本当に皆さんいいんですか?
「四半月分の指示はこれで問題ありませんか?」
確認し、頷く外征将軍。
「わかりました。しばしお待ちを」
そう言って私は部屋を出て、審判室に入る。戦場の霧のかかっていない卓上の大きな地図と駒。こうやってみると神の視点に立ったみたいな気がするな。
「……どう見る?」
「学徒側はなかなか良く守っていると思いますが、やはり侵攻を食い止めるのは難しいでしょうね」
「そうなんだよね。強くしすぎたかな……」
図書庫の城邦の頭領府外交局が各地域と連携を取り、対抗軍を組織。鹵獲した痺弓を再現しようとする試みも進んでいる。経済を戦時状態に切り替えて新聞に欺瞞情報を流すということまでやってのけている。
会議を踊らせず、まとめ上げるだけの交渉術を学徒たちは発揮した。私はそこまで他の地域の有力者の物わかりがいいとは思えないと反論したが、他の審判担当者が認めたので通った。これは私と意見が対立した人が楽観的というよりも多分共通の知的基盤が存在することによる信頼みたいなものなのだろうと思っている。まあ、実際には歴史的分析とか心理学的実験とかで裏付けしないといけないが。
「ひとまず侵攻軍側は迂回して敵の指揮官を叩くつもりらしい」
「ああ、普通はそうしますよね」
審判の一人が笑い、メモのつけられた駒を見る。わざと無線を出している、偽の指揮所だ。
「侵攻軍は無線機を奪わせられたとは思っていないようで」
「とはいえその程度の策でこの状態を変えられるとは思えないがな……」
審判たちの意見を聞きながら、私は盤面を見る。収穫期なのもあって兵站を現地調達に任せた侵攻軍は着実に進んでいる。面倒なので簡略化している侵攻軍側の統治もそれなりのものだ。ジズヤに近い。信徒となってともに戦列に加わるか、あるいは搾取されるかというシステム。
「一応学徒側は講和をしたいらしいですが」
「この思想相手に?」
学徒側に情報を伝えている審判の意外な発言に私はちょっと気の抜けた返事をしてしまう。
「難しいでしょうね……。とはいえ、この神はキイさんが作ったんですよね?」
「そうだよ?私が第一の経典授与者であり、唯一にして絶対なる戦神の尖兵である」
「司女が信仰に溺れないでくださいよ……」
なんかこの世界の衙堂、宗教組織のくせにのめり込みすぎないようにしようみたいな思想があって面白い。まあ中道を進め、ということなのかもしれないな。ここらへんの哲学はそのへんかも合わせて研究対象にするつもりである。研究提案書って誰に提出すればいいんですか?
「ともかく、交渉についてはしばらくは断ることにしたい。兵が相当死なない限り、侵攻は止まらせないよ」
「……学徒側にとって、相当辛くありません?」
「まあ最悪図書庫を明け渡せば……」
「それは敗北ですよね?」
「まあ、そう」
とはいえさっき覗いた学徒たちの目は負けを覚悟している感じではなかった。逆転の目をここから掴み取れるのだろうか?