外征将軍は盤面を睨みつけていた。
「……まさか、ここを突いてくるとは」
私にとってはまあ確かにこれぐらいしかないなと思えるような結論だった。侵攻軍本拠地での反乱と、それによる兵站の寸断。まあ、J/ψでも赤い方でもない11月革命みたいなものである。
「それで、いかがなさいますか?侵攻軍指揮官殿」
「はっ、知れたことよ。例え全ての兵が討ち倒されようとも、図書庫にさえ手をかければ神々の意志を果たすことになるのだ」
「神々ではなく神です。我々の信じるのはただ唯一にして絶対のものですから」
私の突っ込みを無視して、外征将軍は指示を書きつける。他の人達はちょっと疲れているようだ。まあ、これだけの状態でやる気を保つのも難しいだろうな、と私は並ぶ駒を見る。確認できるだけでも同数の反乱軍が背後にいて、正面には図書庫の城邦を中心とした連合軍が並んでいるのだ。私だったらリセットしている。
「……まだ戦える。もし指揮官が倒されたら、講和を始めてくれ」
「わかりました」
外征将軍は自分を前線指揮官に仮託している。まあ、ある程度のロールプレイがないとこういうのは楽しくないしね。とはいえ、溺れ過ぎるのもよくない。
部屋を出て、私は審判室に向かう。図書庫の城邦の包囲はしばらく続いていたが、備蓄があったのと海路を封鎖できていなかったのもあってあまり有効打にはなっていない。外征将軍の最後の指示書は忍び込んで火を放つというもの。成功すれば図書庫の一部を焼けるかもしれないが、逆に言えばその程度だった。
「……よくまあ、ここまで押し返したものだ」
そう呟き、私は扉を開けて紙を戦闘審判の担当者に渡した。
そこからの流れは確かに大変だったが、学徒たちは安堵していた。もちろん最後まで気を抜かなかったのでそこはちゃんと評価しよう。最終的に作られた講和条約も、まあ悪くないように見える。これでできた新体制は、半世紀ぐらいなら持つだろう。それまでに武器の開発がどれだけ進むのかについては私でもカバーしきれない領域になったので、これで終了としよう。
「半月に渡って、君たちはよく戦った」
手元にある学徒たちの感想というか自己分析レポートを確認し、私は黒板の前に立って言う。
「君たちは、おそらく図書庫の城邦の中でもかなり経験を積んだ計画者としての技術を手に入れたはずだ。自分の限界を知った人もいるだろうが、もしそうだとしたらむしろ誇るべきことだ」
まあ、全力を知ってしまうと全力を出せばぎりぎり間に合うタイミングまで怠けるようになるからあまりいいものではないのだけれども。
「さて、この訓練はあくまで架空のものだ。痺因で物体を多少動かすことはできても矢のような速さで飛ばすことはできないし、無線機の場所を特定できるだけの技術はまだ進んでいない。しかし、いかにして問題を捉え、相手の意図を見抜き、対策を用意し、実行するべきかという基本的な流れは何が相手でもそう大きくは変わらない」
そうでなければ、もっとリアリティのある設定にした。まあでも北方の鋼売りたちがこの内容を精査すれば自分たちの手元にあるもので痺弓と似たようなものを作れることに気がつくかもしれない。たぶんそれが今回の訓練で使ったほどの威力になるまでは長いだろうが、単純な火縄銃とかでも戦争を変えることはできるのだ。
「君たちの先達である身として、後進を任せられるほどに成長してくれたことを嬉しく思う。詳しい話は後で審判や侵攻軍側の人達から聞いてくれ。ああ、それと最終分析の学徒側作成担当者は今のうちに原稿を作っておくこと」
机に突っ伏しているその担当者がゆっくりと上体を起こして私を見て、力を抜いてまた机に倒れ込む。大丈夫かな。ちょっと痛そうな音がして周囲から視線が向いているけど。
「まあ私もこれから指示書を全部まとめて文字版印刷に回す用の文章書いて説明用の図を書いて両者の兵数の変動とかを分析しなくちゃいけないので、まあ、頑張って」
そう。というかこういうのはこの後の分析が大事なのである。もちろんそれは学徒がやるべきじゃないのだけれども。自分でダブルチェックするのはしないよりマシかもしれない程度なので。あとはまだ学徒の皆さんは知識の偏りとかが否めないのでね。
「……ひとまず、お疲れ様だ。十分に休息を取ること。体調の不良があれば医学師に言う事。数日はのんびり過ごすべきだ。友人と遊びに行くもよし、一人で本を読むもよし」
こうでも言わないと思い詰める人がいるからな。本当は休むよう命令したいのだがその権限はないし命令程度で止まるようなやつらじゃないし。
「ただ、君たちが対応した敵はそうとう手強いように設定したとは言っておこう。君たちが勝ったのは、間違いなく実力だ。審判として偏った判断がなかったかは精査しないといけないが、今のところ見つかっていない」
学舎の部屋のなかが少しざわめく。本当はもっと褒めたいが、ちゃんとまとめ終わってからにしよう。正直な所、政治面ではここにいる人達は私以上の実力を持っていると思うので私がこういう総評をしていいのかはちょっと怪しい気もするけれども。