図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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卒業

「どうでしたか、この四年間は」

 

最終面談として、私はもう学徒でなくなった司女見習いに書類を渡して言う。あ、いや論考が認められて司女になることが内定しているんだった。

 

「とても有意義でした。キイ先生が引退することを悲しく思います」

 

「そうだね。今後の進路は?」

 

「南方での印刷機導入の補助として数年ほど派遣される予定です」

 

「そう。ああ、こちら私の連絡先。手紙とかならこれで届くはず」

 

私書箱みたいなものを「総合技術報告」の編集所に作ってもらった。今後、私が関わらなければならない案件については一旦ここを通してもらうことになる。それは私がいなくなっても、しばらくはそうだ。一番知識が集まる場所としてあそこはうまく機能してくれている。今の編集所長が育てている次の世代もうまくやってくれるだろう。

 

「ありがとうございます。それでは」

 

「もし図書庫の城邦に帰ってきて話したくなったら、声をかけてくれれば行きますよ」

 

「私の方から訪ねさせてもらいますよ、そういうときは」

 

「ならよかった。では」

 

「お元気で」

 

「あなたも」

 

そう言って、卒業生は部屋を出ていった。

 


 

「あの長髪の商者から頼まれているものがあってね」

 

商会から来ていた元学徒に私は紙の束を渡す。

 

「君が言っていた各地での有用動植物調査の案についての改善案と、関係者への紹介状だ」

 

「……覚悟はしていましたが、まさかここまでしてもらえるとは」

 

頭領府外交局局長は別にお飾りと言うほどでもないが、ツィラさん経由で事前に話を通しておけばケトがいなくても問題なく話ができる相手だった。これは私の仕事だからね。一応ケトにも正当な報酬を払って手伝ってもらったが、私が渡したのと全く同じ額が共用の資金保管場所にしている商会の手形管理所に振り込まれていた。

 

「調査計画における人選についてはある程度君に任されている。必要であれば信頼できる船の民の人物を紹介しよう」

 

「名前だけ聞いておきます。あとは自分でやるので……ところで、これは?」

 

「今の時点で確認できている可能性のある動植物の一覧。そっちは標準意思疎通確立手続の案」

 

ファーストコンタクトが行われることに備えて、感染症の予防と敵対意志がないことを示すための基本的な流れを纏めておいたSETIとかのノリに近いものだ。ここらへんはケトと出会った時の経験が役に立っている。まあ、この世界ではコロンブス交換みたいなものはもう少しゆっくり、被害も少なく行われていたらしいが。

 

「あとは君がここで学んだことを発揮するだけだよ」

 

「……がんばります」

 

多分十年ぐらいかかるだろうが、まあできなくはないだろう。壊血病が問題になったらすぐに対応するようにはするけど、原因と対策はそう遠くないうちに発見されるはずだ。

 


 

「……論考を二つも仕上げてくるとは思わなかったよ」

 

「裏のほうはそこまでしっかり作っていないので、あまり自慢できたものではありませんがね」

 

この量地司の学徒は明らかにツィラさんの系列の人だったので色々と技能を仕込んだのだが、そのおかげもあって一介の量地司として各地の調査を行うことが決まっていた。

 

「そうは思わないね。表の方も幾何学的に面白い内容だったし、裏の方もいい」

 

彼がやったのは市場価格の統計分析による経済状況の推定についてだ。測定分野で使う統計学を応用してこういうことをしてくるのは知識としてはあったが、実際のデータをもとに論じていたので高評価。文章が甘いところはあったが、アプローチがいいので問題はない。

 

「キイ先生にそう言ってもらえるのは嬉しいですね」

 

「しかし、君は目的を隠して、人を騙して今後働くことになる。それについて、心理的な問題はあるかい?」

 

「いえ?」

 

まあ、ツィラさんが「刮目」のそれなりに重要な地位につける人物の候補として送り込んできたのだ。そこらへんはちゃんとできるだろう。

 

「ならいいか。あの人によろしく」

 

「あまり会わないと思いますけどね」

 

そう言って、その学徒はニヤリと笑った。

 


 

「……お疲れ様です、キイさん」

 

最後に来たのはケトだった。

 

「待っててくれたの?」

 

「ええ」

 

私の向かいにその学徒は座る。

 

「……ところで、何で論考を書いたの?」

 

「学んだことを形にしたかったので」

 

ケトは政治的なあれこれをやる裏でちゃんと学んでいた。正直そこまで余裕のあるカリキュラムを組んだつもりはなかったのだが。

 

「内容としては、ちょっと危ないものだよね」

 

ケトが分析したのは、なぜ衙堂の活動が許容されているかというもの。頭領府は古帝国を引き継いでいるという正当性を示す理論があるけれども、衙堂にはそれがない。確かに庇護を受けたり税制面で優遇されていたり行政が委任されていたりするが、それを正当化する理由はない。

 

「結局は必要のために、という陳腐な結論になってしまいましたが」

 

「いや、こういう試みは大事だよ。もし衙堂を解体して、その業務を頭領府に任せようとしたら相当大変なことになるし、人員は司士や司女をまるごと使うことになるはず」

 

その過程で失業者も出るだろうし、混乱は避けられない。とはいえこの論考は面白いので信頼できる衙堂の関係者に見せてある。というか既にケトが聞き取り調査をしていたので結構知っていた。

 

「それで、あなたはこの先どうするつもりですか?必要であれば紹介状を書きますが」

 

「そうですね、『図書庫の中の図書庫』で歴史の研究をする人物の補佐とかをしたいです」

 

「……わかりました。よろしくお願いします」

 

仕事の話は、仕事の話。

 

「じゃ、帰ろうか」

 

「ですね」

 

私たちは荷物をまとめて、部屋を出る準備をした。

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