「それで、数日前からの謎は解けたのか?」
俺は表示面を睨みつけているこいつに声をかける。驚いたような声がしたまでの時間から考えるに、相当深く考え事をしていたらしい。
「いいえ、全く。暇?」
「ああ、緊急の用事はない」
「それはいい、話に乗ってほしい」
そう言ってこいつは操作卓を軽く叩いた。
「異哲派について、どれだけ知っている?」
「お前の研究対象だろ?」
「いいから」
「……新帝国が成立する前後の時代に活動した知識人たちの一派。『図書庫の都市』……ああ、当時は城邦か?を中心としていたが、活動範囲はもっと広い。一般的には文字版印刷の発展が情報の飛躍的なやり取りを可能として、それまで分散していた知識が纏まった、とされている」
「教本的な正解なら、それでいい」
「で、それは?」
「これは当時の人物の関係図。見にくいのはごめん」
表示面には人名とその間を結ぶ線が描かれている。
「重要人物の可能性があるのは彼なんだけど」
そう言って、こいつはその名前を中央に出した。ケト。
「どういう人物なんだ?」
「異哲派の政治家。とは言っても今日のように選抜とか推薦とかじゃない。衙堂側の古い資料によれば北方の調査によって若くして司士となっている」
「へえ」
俺は特に感情を込めない返事をする。
「彼は当時かなりの有力者と繋がりを持っていた。各所で保管されていた当時の書簡やら何やらをまとめていたんだけど、度々名前が出てくるんだよ」
「それぐらいならよくある時代の中心人物だろ」
「彼には立場というものが薄かったはずなんだよ。確認できる肩書は基本的に常に誰かの名代としてだけ。ああいや、『総合技術報告』では詩人だったな」
「あの表紙の?」
「そうだ。というか多分それを最初にやったのが彼だと思う」
「へえ。なるほど、彼の裏に大物がいた可能性があるのか。あの時代というとあの女性の頭領じゃないか?」
「彼女が生まれる前からこの司士は活動しているんだよ。で、多分キイという人が彼の上司だと思うんだけど……」
「名前がわかっているだろ、ならお得意の文字認識の全文検索でいいじゃないか」
「……少ないんだよ、見当たる数が」
「……特異的か?」
「おそらく。ただ、面白いことに彼女を写した銀絵らしきものは残っている」
「当時は銀絵ってあったか?」
「流行り始めた頃だ。ただ、その銀絵はもっと古いけれども」
表示されている内容が切り替わる。トゥーヴェ資料群。名前ぐらいは薬学を真面目に学んでこなかった俺でも知っている。
「これは、おそらく最初に撮られた人物が写った銀絵。今までの定説と違って、最初に銀絵を作ったのがトゥーヴェかもしれない」
「……最初?」
「裏の日付とトゥーヴェの仕入れ簿を比較した」
「なるほど。……キイというのは女性か?」
俺は三人が写った表示面を見て言う。青年と、二人の女性。真ん中の人がトゥーヴェで、ケトというのが司士なら残るは一人だ。
「そのはず。それに『図書庫の城邦の司女、キイ』と書かれている文書があった。だけど衙堂側の名簿にはない」
当時を知る資料として衙堂のそれは質がいいとされている。それに載っていない人間が、司女を名乗るのは少し苦しいところがある。
「……奇妙だな。消されたか?」
「その可能性は高い。算学的分析は……苦手だったな」
「これに写っている内容ぐらいならわかるがな」
同時代の他の人物と比べて、どれだけ言及数があるかの分析だ。確かにキイという人物についてはほとんど語られていない。
「で、ケトの周りで消された人物の痕跡を調べた。職名が示されているけど、誰が実際にその職にいたかわからないようなものをね」
「結果は?」
「誰かいる。ほぼ間違いなく。文字版印刷に関わり、商会に影響を与え、府中学舎でおそらく教えていた人物だ」
「なぜそれだけの人物が消されたんだ?そしてなぜ消されたことに気がつかなかったんだ?」
「消された理由はともかく、気がつかれなかった理由ならある。あるものを探すよりないものを探すほうが大変だから」
「そういうものかね」
「トゥーヴェ資料群の中でも未整理のものを漁って初めて気がついたんだよ?そこにいたのではないか、消されたのではないかと思わない限りまず見つけられない」
「……なるほどな」
俺はこいつの能力を高く評価している。わざわざ本人の前では言わないが、こういう地道な捜し物をさせたらあの大図書庫中央調査室の奴らよりも腕がいいはずだ。
「少し彼女について調べたくて、いくつかの史料が残っていそうなところに連絡を取った。知り合いに異哲派の思想について調べている人がいるから、そういうところにも」
「もし特別な理由で存在を抹消された人物だとしたら、こうやって探りを入れるのが危なくならないか?」
「物語の読み過ぎかな?」
そう言ってこいつは笑う。ちょうどその時に、足音がした。
「大図書庫中央調査室のものです。この連絡を下さった方で間違いありませんか?」
「そうだけど……わざわざ訪ねてきたの?」
やってきた人物が見せる紙に印刷されていた内容は、送られてきた文面だろう。
「ええ。キイという人物について、少しお聞きしたいのです。私たちも彼女を追っていて」
「面白い。なら皆さん一緒に話しましょう」
「皆さんって、俺もかよ」
「緊急の用事はないんでしょう?」
そう言ってこいつは笑う。まったく。
「もしその人物が異哲派に影響を与えている女史なら、歴史がひっくり返るな」
「今までの研究が全部無駄になるね」
そういう軽口を叩きあいながら、俺たちは来訪者を休憩室に案内した。
「図書庫の城邦と異哲の女史」はこれにて一段落です。とはいえ、あとしばらくはおまけの話を投稿するつもりです。