私は目の前の女性を見つめて、口を開く。
「まず、前提を纏めましょう」
問題を見出し、解き方を探り、解決までの流れを示す。講師たちから教えられたように、私は思考を整理する。
「キイ先生がこの図書庫の城邦に訪れてから、様々なものが生まれている」
「そうね」
「その中には、まるで答えを知っていたかのようなものもあります。例えば、文字版印刷」
「違うよ。もともと木でああいうものを作ろうという考えはあった」
「ええ、そういう事になっていますね。そして適切な配合の鉛合金を作り、痺因を使って型を作った。ああ、ちょうどその時でしたっけ、どこかの薬学師が痺因を見出したのは」
「そう。誰だったか忘れたけど」
とぼけているが、まあ彼女が持ち込んだものだということはわかっている。私に薬学を教えてくれた人が気になって前に色々な人に聞いたそうだ。たどり着けるのはトゥーヴェという薬学師まで。そして彼女はキイの友人だという。トゥーヴェの父と私の祖父の間で諍いがあったらしいが、私の世代には関係のないことだ。
「それで、数年で無線通信機ができた」
「すごいよね。商会の人たちもよくあれだけのものを作ったと思うよ」
懐かしむような、純粋に驚きを思い出すような口調。
「白々しい……というわけではない、ですね?」
「いや、あれは本当に驚いた。空気を抜く方法を示したとはいえ、私はあれができるのに十年ぐらいはかかると思っていたんだよ」
「……そう。キイ先生、あなたはあまり積極的に行動していない。なにか目標があるとそれまでの道は整えるが、その先は他の人に任せている」
「無責任みたいな言われようだけど、私だってちゃんと気を配っているよ」
「そこなんですよ。逆に言えば、気を配れる範囲までしかキイ先生はやっていない」
私の言葉に彼女は動揺した素振りすら見せない。むしろ少し口角を上げて、楽しそうな顔をしてきている。
「キイ先生、あなたは未知が怖いのですか?」
「いや、未知が好きだからこそ私は手を出していない」
「……やはり、あなたの知識にある歴史と異なるものが見たいのですか」
「へえ。私とあなたとは歴史を共有していない、と」
優しい人だ。私の結論を誘導してくれている。
「その通りです。もちろん人によって過去をどう思い出すかは違いますが、そういう意味ではなく、です」
「そうだね。君の予想と私の行動に食い違いはない」
矛盾のある仮説は否定できるが、矛盾のない仮説には何も言えない。矛盾を生もうと問いを重ね続けて、それでも耐えた仮説を信じるしかできない。私の仮説は、証明できないものだ。もしそれを彼女が認めてさえも、それが虚偽ではないという根拠がないから。
「それを表す言葉を、キイ先生は知っていますか?」
「……ケトくん、いい?」
私に答えるのではなく、彼女は隣の男性に小さく声をかけた。
「……あれ、初めてですか?」
「そうだね。私の過去を正面から探ろうだなんていう人は今までいなかったから」
つまり、私以外の人は察するに留めていたということだ。私よりきっと賢い人たちなのだろう。
「……その、もし駄目でしたら無理にとは言いません。二人の話でしたら、その、出ましょうか?」
自分でも文をうまく撚る事ができていない。意外なところで会話を邪魔してしまって、やってしまったという後悔と謝罪しようという考えが先に出てきてしまう。ここは私のまだ幼いところ。
「……いいや、ちょうどいい。次にこの図書庫の城邦を率いるあなたになら、伝えるのもいいですね」
「……まだ、そう定まっているわけではないのですが」
「そうでしたね、これは失礼を」
彼女は丁寧に頭を下げた。こちらが申し訳なくなってくるぐらいだ。ああ全く、自分の調子を崩されてしまった。これでは勝てない。
「それで、その言葉ですが」
彼女は、ある単語らしいものを口にした。頭の中で六文字に無理やり置き換える。
「……何語ですか?」
「その言葉の名前を言っても、あなたは多分わかりませんよ」
私はそれなりに他地域の言葉を学んでいる。そういうのが得意だし、好きだ。色々な場所の言葉を知って、本を読んで、話を聞くことは自分の愚かさを見つめ直すいい機会になる。で、その私相手に理解できないと言うのだ。つまり、根本的に違うと言っていい。
「孤島に浮かぶ島……違いますね。全く違う場所……惑星?」
「まあ、近いですね。一ついいことを教えてあげましょう。これはケト君と共有していた秘密なのですが、私が生まれた場所は、ここと星の並びが違います」
「……ああ、別の物語なのですか」
私はどうにかしてそれらしい言葉を引き出す。大地球と言ってもここ以外の大地球を想像することができないし、多分彼女がいたところから見て私達がいるところは、私達がいるところから見た彼女のいたところのようなものだと思う。対称性、でしたっけ。
「いい言葉ですね。そうです。私は異なる物語から来ました」
彼女は嬉しそうに言った。それは、ずっと探していたものが見つかったような声色だった。