図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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依頼

あれから何回かあの人の所を訪ねたが、かつて過ごした物語を教えてくれることはなかった。話してくれるのは断片的なものだけだった。

 

向こうにも図書庫はあったらしい。燃えたけれども。

 

向こうにも古帝国はあったらしい。これはこっちと同じく崩壊していた。

 

向こうでは異なる時代で作られた技術を、あの人はまとめて持ち込んだらしい。

 

向こうでは地の上全てを戦場とした争いがあったらしいが、それについては語ろうとはしていない。

 

まあ、彼女はかつての物語の再演を望んではいない。悲劇は避けるようにするが、結末を自分で作る気はないようだ。それならそれで、私は構わない。

 

「はいキイ先生……って、持っていたんですか」

 

私が持ってきた厚い冊子と同じものが彼女の手の上にあった。

 

「ええ、私の最初の教え子ですからね」

 

「ああ、確か府中学舎第一期生でしたか」

 

キイ先生が教えていた時から色々と変わって、今ではもっと効率よく、そして横断的になっている。毎年のように授業の改良が繰り返されるので、過去の先達の経験が意味を成していない。机上演習だってより複雑になって、過去の記録をきちんと学んだ上でないと対応が難しいものになっている。

 

「それで、キイ先生のかつての物語について聞きたいのですが」

 

「あまり話したくないんだよ、それに相当過去の話だ。人の記憶がどれだけ信用できないかは話したでしょう?」

 

「いえ、まあそうなんですけれども」

 

そう言って私は本を開いて図を見せる。各地で集められた動植物の分類表だ。

 

「この仮説が正しければ、私たち人間は特別ではないわけです。魚が泳げるように、鳥が飛べるように、ただ歩き、道具を持つことのできる動物の一つに過ぎない、と」

 

「そうだね。批判も多いらしいけれども」

 

「私は面白いと思いますよ。説得力があります。で、これを考えるとキイ先生が私と同じ姿なのが不思議なんですよ」

 

私がそう言うと、彼女は本から視線を上げた。

 

「結論だけ先に言わせて?」

 

「お願いします」

 

「全く理由がわからない。私はこの本以上の知識を持っているけど、それをもってしてもなぜ私が物語の間を移動できたのか、そしてなぜ私とあなたが同じような動物なのかを説明できない」

 

「えぇ……」

 

私は思考を全部先取りされてしまったことに悲しんで部屋の隅にあるふかふかの座椅子に背中から倒れ込む。

 

「動物には、色々な点で違いがあるのはいい?」

 

「はい。大きさとか、毛の色とか、見た目とかですか?」

 

「そうだね。特に近い動物の集まりでは、区別のために小さな違いを使うことがある。骨の形とか、歯の数とか」

 

「同じなんですか?」

 

「そう。少なくともケトとは一緒の本数と種類だった」

 

指でも入れて数えたのだろうか。まあ野暮なことは考えないようにしよう。

 

「……おかしいですよね。全く別の物語なのに、同じ筋書きが演じられているようなものです」

 

生物は最初からそうあったのではなく、世代を積み重ねて今の状態になったのだとすれば、私と彼女の祖先を辿っていけばどこかで同じ場所にたどり着くはずだ。けれども私は別の物語からの来訪者を彼女以外知らないし、こちらの物語で人間はかなり昔からいたはずだ。

 

「盗作だと疑うべきだろうね。どちらがどちらのかは知らないけど」

 

「……盗まれたとすれば、どちらが盗んだ側だと思います?」

 

「さあ。少なくとも、私がいた物語ではどういう筋書きで人間が作られていったかはある程度わかった、ということになっていたけど」

 

「……その水準にたどり着くのに、こちらの物語ではどれだけの場面が必要だと思います?」

 

そう聞くと、彼女は高机にあった栞を本に挟んで天井を見上げた。

 

「あなたが生きている間にはまず無理」

 

「なるほど、その程度ですか」

 

なら百年か、あるいは二百年といったところだろう。その程度であれば誰かに言伝を頼むぐらいはできる。

 

「もしそういう時になったら、あなたの物語を暴いてもいいですか?」

 

「農業研究所種子保管室に私の血を冷凍してある。それを溶かさないような体勢を作っておいて」

 

「……金の腕輪を手に入れたら、やっておきますよ」

 

血でいいんだ。血を混ぜると凝るみたいな話を聞いたことがあるので、それを利用するのかもしれない。まあ、私には理解できないものなのだろう。残念だが諦めるしかない。

 

「そうだ、私に頼み事ってありますか?」

 

「扉は開ける前に叩いて」

 

「いえ、私はたぶんキイ先生より長生きするので」

 

「……なるほどね。正直、たまに寿命を意識することがあるからあまりそういうことは考えたくないんだけど」

 

キイ先生は溜息を吐いて、高椅子から背中を起こした。

 

「お願いはひとまず二つ。まず私の存在を記録から消して」

 

「それは、別の物語から来た人物がいるということを隠すためですか?」

 

「そう。だってこんな例外のために後世の人が頭を悩ませるのは無駄でしょう?」

 

「わかりました。お願いとあればお聞きします。残る一つは?」

 

「前言った箱について『図書庫の中の図書庫』に入れる人と話す機会があったらしておいて」

 

「ああ、あれですね。いいですよ。しかしそういう話、私以外にもしてますよね?」

 

「多分あなたが腕輪をつけた時に向こうから会いに来るよ。そのときはそちらの人によろしく」

 

こういうのはその時になるまであまり深く考えない方がいい、というのを私はなんとなく学んでいる。

 

「はいはい、では扉は勝手に開けますね」

 

私の言葉に、彼女はしまったというような顔をした。

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