図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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継承

最近、年齢を感じるようになってきた。おそらく自分が動ける期間はあと十年ほどしかないだろう。あの人は最後まで精力的だったが、それは間違えてもいい問題に挑んでいたからだ。私は違う。自分が背負うものを知っている。自分の選択が大災厄を招きうることを知っている。

 

かつてのように、あの人のような底の見えない相手と思いっきり戦いたくなる日もある。しかし、私にはそれが許されない。私は自分の役を演じきらねばならない。私の仕事を引き継ぐことになる甥はまだ未熟だ。しかし、悪い前任者を討てたとなれば少しは余裕が出るだろう。

 

何度通ったかわからない通路を進む。守衛に金の腕輪を見せれば、誰何もなしに通ることができるのは便利だ。あの人はこういうのを批判しただろうから少し胸が痛むが、私はあの人のやり方とは別の方法を選んでいる。

 

私が「中央調査室」と書かれた部屋の扉を開けると、多くの指すような視線が向いてきた。忙しい時に、部外者が入ってくることを忌むその集中力と気概はもう私からは失われつつあるものだ。つかつかと歩いていって、若い室長が座る席の前に立つ。

 

「……土産になる。皆で食べてくれ」

 

氷菓子を入れた冷却箱を高机の上に置くと、彼は少し安堵するかのように息を吐いた。この私がつけている神経質な人物という仮面というのはあまりいいものではないが、役割として求められているのだから仕方がない。

 

「ありがとうございます。ああ、それと今の時点での進捗です」

 

彼は私に卓上打字機で作られた書面を渡す。薄い墨に番号透かし入りの機密案件報告のために使われる紙だ。

 

「……素晴らしい。他にも条約について問題がないかあらゆる方面で精査してもらっていいか?」

 

「了解しました。それと、『女史』の件についてですが」

 

「ああ、それは別に急ぐ必要は全く無いのだが、そちらは?」

 

「順調です。図書庫の本からは名前をだいたい消せました。多分罠としては十分機能すると思います」

 

「……あまり機能しなくてもいいと思うけどね」

 

私は呟いて、手元の書類を眺める。本当はあの人に確認してほしかったが、それは個人的な感情だ。中央調査室の能力は間違いないし、確実な結果を出してくれる。

 

「いえ、それだけの能力があるなら人手不足の調査室に採用しますので機能して欲しいところです」

 

苦笑いする室長。確かに、それだけの負担をかけている。しかし、私の代でどうにか終わらせねばならないのだ。

 

「そうか。……人員については、あまり良い返事をすることはできない」

 

「仕方ないことは理解しています。ただ、室長としては強く訴えさせてもらいますよ」

 

「ああ……。溶けないうちに、これを食べてくれ」

 

私は紙を彼に戻し、冷却箱を見て言う。

 

「あなたの分はいいのですか?」

 

「もう歯が痛む齢なのでね」

 

そう言って部屋を出て、歩きながら思考を重ねていく。父はあの人を使って派閥間の力関係を調整していた。しかし、あの人がいなくなって、父もいなくなって、どうにも色々と不安定になりつつある。まあ、唯一の幸いなことはこの私がいることだ。

 

私は自分の能力をそれなりに高く評価している。

 

今日は休みの日だ。そして休みの日には、ここに来てのんびりとあの人の書いた本を読むことにしている。

 

棚から製本された冊子を抜き取り、座椅子に腰掛けて頁を開く。

 

「古帝国の最盛期……」

 

あの人がしっかりと調べるまで、古帝国についてはあまり知られていなかった。当時の史料を整理し、いかにして古帝国が生まれたか、古帝国の前に何があったのか、そして古帝国はいかに滅んだのかについてあの人は一つの物語を撚りあげた。

 

それは、あくまであの人の視点と知識によって得られたものだ。私から見れば疑問に思う点もある。もちろん、深く納得できる点もあるのだが。

 

一行ずつ、ゆっくりと目を通していく。あの人の軽快な語り口調が聞こえてくるかのようだ。

 

頭の中で、自分の考えている案と過去の話を比較していく。何が問題になりうるか?どのような理由で反対が起こるだろうか?それが破綻するとしたら、どのように終わるだろうか?歴史自体はその答えを教えてくれないが、示唆ぐらいならくれる。

 

当時は様々なものがあった。技術的な面では、私たちは古帝国を圧倒したと言えるだろう。けれども統治や治安の面では、地の上全てを見ればまだ劣る。

 

「……故に、我々は新帝国を宣言する」

 

そう言って、私は口角を上げる。もちろん、それが新帝国という形になると気がつくものはまだいないだろう。しかし言葉と単位と製品の統一によってできるものにふさわしい名前は、それぐらいしかない。剣を用いることはない。ただ、排除するだけだ。

 

私はあの人と違って安易な妥協を選ばない。私が図書庫の城邦を自由にできるうちに、必要な準備を揃えておく必要がある。

 

完璧だとは思わない。あの人が望んでいた物語だとも思わない。けれども、私はこれが正しいと思う。思考を巡らせながら、私は頁をめくった。

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