図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

359 / 365
兵器

ただ「長官」とだけ呼ばれるその人物は、封筒の中に入っていた紙束を見て冷笑を浮かべた。

 

「……やはり、キイは伝えられていたとおりだったか」

 

新帝国の裏にある最大の組織の指導者として、長官はその手稿の作者の情報を伝えられていた。記録からできるだけ抹消すべきとされた人物。それゆえに晩年には色々と新帝国を作った人物が便利に使っていたようだが、これは本題ではない。

 

「こんなものを作るのではないか、と未来の我々が思われていたとは心外だよ」

 

描かれていたのは「分裂兵器」の設計図。条件を揃えれば熱を生み出すことのできる92番基質、あるいはその熱発生過程で生まれる94番基質を衝突させるか圧縮させることで本来なら緩やかに発生させる連鎖分裂反応を急激に引き起こす。その利点は比較的小さな大きさで都市一つを消し飛ばせる威力である。

 

とはいえ、こんなものは全くもって不要である。そもそもこんなものを作らなければならないほどの戦いは今はまず起こらない。ただ、これらが作られる可能性が生まれるならある程度監視が必要だろうな、と長官は思考を巡らせる。

 

そもそも痺因を生み出すための分裂機関自体が相当危険なものだという。ならば、その建設や運用に新帝国が制限を課すのは自然なことだろう。用いられる資源や生成物もそのある種の毒性から取り扱いを制限し、監視のもとにするべきだという方向に意見を持っていくことはできる。

 

「むしろ、問題はこちらのほうか……」

 

分裂機関の暴走がもたらす被害の推定と、その際の対応手段だ。情報の公開、専門家の投入、そして数十年にも渡る信頼の醸成。一度生まれた恐怖はなかなか消えないというキイの分析はなかなか悪くない。

 

「ただ、こちらのほうも対応はできる」

 

新帝国が生まれてから何世代もの間、数多の調査と演習と実証が重ねられてきた。悪く言えば人々を「誘導」するだけの力を手に入れているのだ。そして実際、そうされてきた。報知紙を通して世論を生み、今までにない利益の価値を信じ込ませ、急進的な政策への批判的勢力を増えすぎないように、かつ減りすぎないように調整し、ということが長らく行われてきた。

 

とはいっても、方針の決定や受益者が一人の、あるいは小さな集団の手に渡ることは避けられている。多くの協力者と情報提供者がいる以上、その全員に利益を与える必要があるからだ。そうすると、必然的に特定の人物に権力を集中させてしまって失敗時の問題を拡大させるような選択は取れない。なんだかんだで、徳のある行動を純粋な功利主義から導出できているのだ。

 

「まったく、騒がせてこの程度か」

 

ただ、それがキイという人物の力不足ではないと長官は理解していた。むしろ、彼女の恐ろしさは古くから伝えられていた。

 

そのうちの一つがキイの援助によって生み出され、結果として使われることなく封印されたという兵器だ。爆薬を応用した投射装置は「鋼売り」たちが秘密裏に開発していたが、ついぞ実戦に投入されることいなく新帝国に組み込まれてしまった。そしてその使用後に残る特徴的な痕もあって、まず使われることはなくなっている。故に今でも戦いに使われるのは剣と槍と弩といったところである。

 

恐らく、キイが想定していたのは投射装置が発展した先で起こるような戦いだろう。もちろん机上演習では限界があるだろうが、それが何を生み出すのかの示唆は得られている。産業そのものを兵站のために用いる、大規模かつその地域の総力を挙げることになる大戦争。もしそのような戦争があったならば、この手稿にある分裂兵器は有効だっただろう。破滅的な破壊兵器として、あるいは衝突を防ぐための抑止力として。

 

だが、そうはならなかった。戦争が生む非生産性が認識され、それを阻止するために表からも裏からも様々な策が取られた。たかだか数万人の局所的な戦闘であれば大きな影響はない、と割り切られたこともあった。より多くの益のために、見過ごされたものもあった。

 

局長は、全てとは言わないが多くのことを知っていた。名前のない人々が、どれだけ新帝国ができる裏で暗躍したか知っていた。政治のために、どれだけの犠牲者が出たかを知っていた。直接的な死も、間接的な死も、時には数字として、時には実際の血を流す人として見てきた。それでもなお、長官は自分の、そして自分の率いる組織の選択を正しいと思っていた。

 

そういう意味で、長官はキイに対しての勝利を小さく喜んでいた。少なくとも、大きな戦乱を避けることができた。新帝国の崩壊時にも、古帝国のような混乱は起こらないように様々な計略が構築されている。

 

ならば、この兵器も別の形に使えるかもしれない。その威力や毒性を加味しても、鉱山での採掘や治水に用いることができるかもしれない。悪影響を軽減できる可能性もある。そういう意味では、純粋な威力を生み出せる方法としてこの分裂爆発機構を活用できる可能性がある。

 

「ただ、これがあるからな……」

 

手稿にある「爆発時の降下物が年代推定のための手法に悪影響をもたらすことがあるため、できるだけ使用しない、あるいは地下実験に留めるべき」との一文に目を通して、長官は溜息を吐いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。