この計画には、多方面の協力が必要であった。
例えば、資金については近年新帝国各地に張り巡らせられつつある軌条車での利益が注ぎ込まれた。そもそも軌条車の大きな問題の一つは小規模水車の生み出す痺因では安定した速度を確保できなかったことにある。それを解決しうる分裂発電は有望だったのだ。
機関に用いられる重水は航空船に用いられる気体酸質を得る過程で得られる副産物であった。それに加え、蒸気を受ける回転羽根車とでも呼ぶべき機構は航空船の推進装置に用いられている液体燃料式の発動機の応用だった。
汚染物質の拡散の推定は、各地で得られた気象と海洋の情報を最新式の情報処理装置で分析することによって得られた。その結果、人為的に起こせる最悪の事態でも他地域への影響を抑えられる地点が建設場所として選ばれた。
制御と非常事態の対策は、新帝国ができて以来積み重ねられてきた人間心理に関する様々な情報が用いられた。最悪の事態であっても、半日位内に実験都市の全住人を安全圏に避難させることができる。
そうして、その日がやってきた。
最初の計画が作られてから、短くない時間が過ぎた。計画当初に参加していた人物の少なくない割合が寿命で亡くなっていた。理論は発展し、技術上は燃料自体の「有用基質率」を向上させることもできるようになったが、ひとまず今の時点で確実と思われる方法で計画は続行されることになった。
根拠に基づいた反対運動があった。合理的な話し合いにより、なんとか落とし所を見つけることができた。
重ねられた予備実験で計画が変更されることがあった。そのたびに、安全対策は練り直された。
「制御棒、正常速度で引き抜き中」
そうして作られた管制室の中で、落ち着いた声が響く。観客はいない。操作員が受ける圧力を最小限にするための措置だ。
「温度および圧力、予想範囲で推移。まもなく熱交換系起動します」
あくまで静かに、丁寧に作業が進められる。一つ一つ数値が確認されながら、訓練された操作員が機械による補助を受けて意思決定をしていた。
「係数が1を超えました!増大連鎖に入ります!」
それでも、この瞬間に声が震えてしまった操作員を責めることは誰もできないだろう。
「落ち着け。制御棒を所定の量だけ戻せ。100拍後に緊急停止」
「了解」
落ち着いて全体を見渡す指揮員は、深く息を吐く。ようやくだ。
「緊急停止機構起動」
「温度変化緩やかになりましたが依然熱量は放出されています」
「想定通りだな」
これ以降は仮説の段階でしかない。反応が完全に落ち着くまでに数日かかると予想されている。そこで発生した熱は十分逃がせるはずの設備があるはずだが、非常事態にはここを放棄する必要もある。それが終わるまで、操作員は交代で見張り続けなければならない。
「やったようだぞ」
報知紙の中の小さい記事を見せるように机の上に置いた白髪で無精髭の男に、かつて「箱」を担当していた人物は微笑んだ。
「ようやく、ですか」
「ああ。かなり長く時間がかかったが、俺らが死ぬ前に間に合ったようで何よりだ」
年齢による判断能力の変化についても、多くの知識が蓄積されていた。それゆえに、より知識が活かされ、老獪さが求められる場所に二人は配属され、そして今は分裂機関の次についての基礎調査の支援を担当していた。
「それにしても、ここまで安全対策を取るとはさすがですね」
「誰かが訓練で相当若い奴らを脅したからでは?」
「はて、中には爆薬まで持ち込んだ人もいたそうですが」
「恐ろしいものだな」
「それでもなんとか対応できたのです。私たちにはもう無理ですよ」
二人は笑いながら、久々の酒をちびちびと飲む。ある種の願掛けであった。様々な謎が解き明かされ、技術が進み、都市では夜が消えつつある今なお、敬虔さは美徳であった。自分で全てを背負うことが難しいならば、大いなるものに縋るのは決して弱さではない。
「さて、安定するまでは時間の問題となったわけだ」
「そうなると、人員も次の計画のために動かせるでしょう。今回の過程で多くのことが明らかになりました」
今までの人間行動に関する実験に矛盾が突きつけられ、それを解決する理論が生まれた。危険を予測するための新しい手続きが採用され、いくつかの分野ですでに成功している。
「ただ、次については手稿はないぞ?」
「だから、今まで以上の慎重さは必要でしょうね」
二人は別々の計画を進めていた。
一つは太陽の力を手に入れるもの。分裂機関の根幹にある原理の研究の過程で、星を輝かせる力の源が明らかになっていた。それを生み出せるだけの温度と圧力は分裂機関で扱われるものの比ではないが、計算ができる値ではある。事実、空を見上げれば実際に駆動しているものが見えるのだ。
一つは月を作り出すもの。分裂機関の製造の過程で得られた加工と反応に関する知識は、理論的に計算できるある水準を超える推進力を生み出せる可能性を示唆した。これを利用すれば、「落ち続ける」物体を上空に飛ばすことができる。今は航空船で行われているような各種の実験や測量、測定や通信をより精密に、より広い地域で行える可能性がある。事実、空を見上げれば実際に飛んでいるものが見えるのだ。
「ま、ひとまずはもう一度、今日に恵みを」
「恵みを」
二人は硝子の深盃を合わせて、澄んだ音を出した。