図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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おまけ 3
配列


その血液は、数十年に一度分析されることになっていた。過去に行われた調査では血液種別が判明していたが、今日ではより先進的な方法を用いることができる。

 

「それで、結果は?」

 

生命技術の分野では地の上で指折りの施設に運ばれ、秘密裏に調査された報告を纏めていた担当者は協力者からの声に溜息を吐いた。

 

「……わからない」

 

「保存期間が長すぎた?」

 

「いや、それについては問題ない。断片にはなっていたが、十分復元可能な範囲内だった」

 

「分析結果になにか問題でも?」

 

「……彼女の源流を知りたい、ということだったか?」

 

「そういう依頼だね」

 

「一番基本的な単倍群の共通傾向分析をやったんだが……」

 

表示面の地図には、血液から得られた特異的な配列と似た組み合わせを持つ集団の分布が示されるはずだった。

 

「何もないぞ」

 

「つまり、彼女と血縁関係にある集団がないんだよ」

 

「そんなことがあるのか?」

 

「実際、そう出ているんだからな」

 

「……一番近い物を出す、とかならできない?」

 

「無茶苦茶な計算だが、こういう組み合わせの『配合』と変異なら彼女の配列を説明できる」

 

数十の集団と数百の変異が一覧で表示される。

 

「……で、これは可能なのか?」

 

「無理だな。当時の人口移動を考えてもこういう家系があったとしたら必ずどこかで見つかるはずだ」

 

「船の民とかだったのでは?」

 

「それにしてもここまで外と婚姻関係があるとしたら文化系の研究が面倒になるんだが……」

 

担当者は協力者の方を見る。

 

「で、そちらの方の様子は?」

 

「中央調査室が歴史系で有望な人物を引っ張ってきたらしい。そちらの情報を纏めたら航空船に乗るのでよろしく」

 

「あれ揺れるから嫌いなんだよな……」

 

かつて経験した四半月ほどの旅を思い出して、担当者は顔を青くした。

 

「ならもっと速いものでもいいけれども」

 

「発射場まで遠いのと、向こうの方に着陸設備がないだろ」

 

「冗談だよ、それにそこまでの資金はない」

 

協力者は小さく笑った。

 

「で、どういう風に解釈すればいい?こちらはお手上げ」

 

「……別系統の進化を辿った人類であるとでも考えるのが妥当かな。今まで知られていた『女史』の特徴とも一致する」

 

「へえ。しかし彼女以外にそういう人物は知られていないよ?」

 

「異常例外とでも考えるしかないだろう」

 

「それなら、自然学の専門家としてはこれ以上の情報は得られそうにないとしか言えないね」

 

「……由来以外であれば?」

 

「というと?」

 

「髪の色や目の色程度であれば出せるはずでは?」

 

「ああ、それもそうか」

 

担当者は操作卓をちょちょいと触る。

 

「黒髪に黒目。背は高めだな」

 

「それ以上は?」

 

「血液から得られた配列と、こっちで保存されている既知の配列の解離があるから確実性は一気に下がるがそれでもいいなら」

 

「時間と手間にもよる」

 

「そうかからないはず」

 

「頼める?」

 

「計算中だが……一部は出た。酒精耐性は弱め。女性なら乳癌の発生が多少はあるが高いと言うほどでもない」

 

「あまり面白くない結果だ」

 

「もしここまでかけ離れていなければ骨格の様子とかまで出せるんだよ」

 

操作卓をいじりながら担当者は協力者に恨みがましい目を向ける。

 

「……で、彼女について知りたい他の情報はない?少なくともこちらが協力できそうなものは」

 

「あまりない。子孫がいた可能性もかなり低いと見積もられているし」

 

「ああ、ならそこを確認してみようか」

 

「具体的には?」

 

「当時の『図書庫の城邦』にいそうな典型的配列と組み合わせで、既知の疾患を誘発しないかどうかを確認する」

 

「そこまでできるのか?」

 

「倫理的問題もあってあまり表にはできないけどね、っと」

 

そう言って担当者は今の計算を停止させ、別の分析を走らせる。

 

「……おい、『異常結果、計算不能』という文字ばかりじゃないか?」

 

「元の配列が記録にないものばかりなんだ、それから生まれる子供の組み合わせに該当がないのは仕方がないだろう」

 

しばらくすると表示面に結果が出された。

 

「さっきの女史のものよりもいい精度じゃないか」

 

「半分が既知の配列だからそうなる。それでも全く当てにできない情報だがな」

 

「そうなのか?」

 

「環境要因もかなり大きいからな。配列だけで決まるのであれば双子は同じ人生を送るはずだろう?」

 

「それはそうだが……例えば、彼女の過去をこれらとの組み合わせで推察できないか?」

 

「難しいだろうな。脳機能の特異性自体は示唆される……という水準ではあるが、これが直ちに天才性を示すとはならないし。ああでもこの配列はもとの『女史』由来のものだから、まあ賢かったんじゃないか?」

 

「そんなことはとっくにわかっているから……疾患については?」

 

「あまり問題ない……どころか、我々側の持っているいくつかの不活性化されている配列が起動されている分健康かもしれない。詳しいことを言うには今の技術では足りない、としか言えないけど」

 

「なるほど、この血液から子供を作れば……」

 

「まだそっちの分野は研究途上」

 

「はいはい。それにわざわざする必要もないだろうしね」

 

倫理的に危ない話をしながら、二人は結果を纏めていった。

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