図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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洞察

「換気しましょう、換気!」

 

誰かの声に意識を取り戻した人々が、部屋の中の煆灰化炭質を追い出すために窓をあけるべく動き出す。

 

「……一点だけ、異常すぎる」

 

机の上に散らばるのは「女史」に関する手に入るだけの資料。

 

「ある時にいきなり現れた、全く別系統の、かつたった一人の人類……?」

 

「再現性があるならまだしも、一度では何も言えない……」

 

「偶然ではなく意思が介在したとしても、その意思の持ち主は神々か脚本家か……手の届かない領分にある」

 

改めて状況を整理して、会議の関係者は延々と答えのない議論以前の状況把握を行っていた。

 

学術史の観点からは、異哲派の生まれる直前に様々な知識が非常に狭い地域で起こっている事が明らかになった。今まで文字版印刷の発展によって生まれたと考えられる数々のものが、史料によってほぼ同じ時期と場所に由来していることが明らかとなった。

 

それを裏付けるような「箱」の存在は、堅実な調査を行ってきた研究者を嘲笑うかのようなものだった。その箱自体が当時異常な知識を持った人物がいたことを如実に示していた。その知識の正しさは今の産業を支えているのだから、否定することはできない。

 

彼女そのものに対しての分析も、全くもって要領を得ないものであった。未来ではなく、異なる系譜や物語とでも呼ぶしかないところからその人物は来たのだ。そこがどのようなところであるかはまだ言及できるほど技術が進んでいないとは言え、異常さを指摘するには十分だった。

 

「そう考えると『異哲』などという呼び方は実に適切だな」

 

外来の、あるいは離れていることを意味する接頭辞をつけたその単語が指す人達は、おそらく「女史」と呼ばれる人物の教え子であるとされている。ちょうどその当時に頭領府の府中学舎で教えていた思想の強い女性がいたことが当時の記録から明らかになっている。

 

「もうこっちの方針を考えるのやめません?不毛ですよ?これだけの人間集めてこんな非生産的なことをするのは……」

 

「いや、久しぶりに楽しめた案件だからこちらとしてはいいのだが」

 

「それならいいんですがね……」

 

各員が持ち寄った情報を集めた結果、矛盾なく一点の矛盾が示されてしまったのだ。

 

「ある意味では綺麗なんですけど、まるで不都合を無理に集めているかのような気もして……」

 

「そもそも、なぜこの人物の記録が少ないんだ?」

 

配列解析の担当者が虚ろな目をしている文字情報の読み取りと分析の専門家に目を向けると、その後ろにいる歴史研究者と目が合った。

 

「こいつはしばらく考え込んでいるからかわりに答えさせてもらっていいか?」

 

「頼めるか?」

 

「ああ。まず基本的に消えているのは『図書庫の中の図書庫』、つまりはかつて封印されていた本からのもの……ってことは、これは明らかにあんたらの介入だろ?」

 

歴史研究者が部屋の中の一団を見る。

 

「ああ、それは中央調査室に引き継がれている案件です。途中からはその目的自体も抹消対象になったので、結果として我々も彼女を追うことになっています」

 

「そいつはよかった。彼女について真実を掴んだ人物を消す暗殺部隊とかじゃないなら安心だ」

 

「……ええ」

 

「言いよどむなよ」

 

「実際のところ、かつては多少荒事をしていたらしいのですよね。それもあって今はあまり表立って色々やるのは避けていますし……」

 

「荒事をやっていた時期はわかるか?」

 

「こちらに記録が」

 

紙の束を中央調査室から来た一人が机の上に置く。

 

「起きろ、文献だぞ」

 

歴史研究者は同僚である分析の専門家の肩をぺちぺちと叩き、意識を取り戻させてその手に資料を握らせる。

 

「で、そうやって消したということはなにか後ろめたさがあったわけだ。何か畏れたか、あるいは彼女自身が何か罪悪感を感じていたか……」

 

「……天才の否定?」

 

今まで口を閉じていた歴史研究者が紙をめくりながら呟く。

 

「説明をお願いしていいですか?」

 

「うん。当時新しい考え方が生まれていて、それについての調査を行ったことがあってね。基本的には単語出現傾向とかを使うんだけれども、そこでは名も無い個人の能力がそれ以前より強調されがちになっている」

 

「面白いな」

 

「当時の人達の言葉を使うなら『物語の自覚化』かな。どうしても語られる話は有名な人の、あるいは有名な事件のものに偏る。実際はそうじゃなくて、無名の人の集合と無数の細かな出来事の組み合わせが歴史なんだという……」

 

「似たような話は歴史書の前文で読んだことがありますね。……あの作者、匿名でしたが」

 

「おい、文章から作者を特定することはできるか?」

 

「そのキイが書いたことが確実な文章があればいいのですが……」

 

「箱の中の手稿の文面をよこせ、それとこいつが解析できるだけの演算資源を」

 

「わかりました、手配しましょう」

 

「ちょっと、こっちの意見は?」

 

ひとまず探る方針が決まったのもあって、話はゆっくりと進んでいく。史料を再整理して、彼女が何者だったのかを探る試みが長い時間を超えて再開しようとしていた。

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