表示面に流れるように文字が流れていく。
「改めて、今やっていることを説明しようか」
そう言うのは配列解析の担当者。
「ちょっと待って、なんであなたが?」
見守る群衆の一人が手を挙げて聞く。
「文章は本質的に空白も含む単語の羅列だから、そういうのを分析するという意味では間違っていないんだよ」
操作卓を撫でるように素早く叩きながら文字読み取りと文章分析の専門家が言う。
「そういうわけで、集中させてあげたいのもあるので話させてもらうよ。まず全文は既に処理できる形で記録媒体に移されていたので、それを読み込んでいる」
配列を整理し、検索し、組み合わせるやり方自体は事務処理の基本だ。故に、こういう作業を行える機構という考え方は古くからあった。かつてそれは鑽孔紙帯と機械によるものだったが、磁気帯と亜金属質結晶素子に取って代わられ、今では高密度の集積演算素子自体が記録と処理の双方を担っていた。
「で、過去の分析から当時の文章全体の傾向というものはわかっている。どんな表現を使うかとか、特有の言い回しとか、あるいはもっと細かい癖みたいなものまで。時代全体のものと比べると、特定の個人が書いたものにはどうしても癖が生まれる」
「ああ、確かに配列から由来を探るのも似たようなものか」
「そうだね。ただ、量で言うなら配列のほうが多い。一人の人間から得られる配列の情報量は、大まかに本数千冊に匹敵する。この処理装置自体は配列分析にも十分耐える代物だから、力不足ということはないはずだけど」
「何を具体的に抽出するかっていうのも重要な問題になる。今回は経験的に知られている組み合わせを使っているけど」
椅子をくるりと回し操作卓を背にして、入力を終えた専門家が言う。
「あ、終わった?」
「基礎を作ってくれたおかげでそう難しい作業をすることなく準備ができたよ。数刻でできるはずだ」
発熱する演算素子を冷ますための羽根車の音が静かな部屋に響く。
「……あの、質問よろしいですか?」
「どうぞ」
専門家は質問者に続きを促す。
「私の専門は歴史思考分析です。過去の人達が書いたものから、どういう考え方や物の見方をしていたかを史料から紐解いています。そういうことに、その情報処理は使えるでしょうか?」
「今のところは難しいかな。単語一つ一つに感情に対応させた情報をもたせればいいんだけど、それを人の手でやるのは大変すぎる。むしろ頻出単語の傾向とかのほうがやりやすい気もするけど……」
「ですよね、ああでも単語の抽出は容易になるのか……」
「ただ、そう遠くないうちにそこらへんもできるようになると思う。そうなったらもっと面白いものが見れると思う。ただ、それは逆に人の心を、歴史を動かせる文章を作れることの裏返しで……」
「終わったぞ」
操作卓の前の椅子に座ってぶつぶつと呟く専門家の頭ををぺしぺしと歴史研究者が叩く。
「あっ」
表示面に並ぶ数字は、少し操作することで比較しやすい図になった。
「……おそらく、この本自体がキイの書いたものだと思います」
「中央調査室初代室長もキイかよ……」
「あれ、知られていなかったんですか?」
驚くような声が中央調査室から来ている人に向けられる。
「昔の調査室はもっと秘密組織で、今以上に危ない情報の分析なんかもやっていたからな。匿名でもおかしくないと思ったがまさか抹消対象だったとは……」
「で、結局この本は何なんです?」
その声に集団の視線が机の上の数冊の本に向く。
「初代調査室室長が晩年に書き上げた歴史書。当時はまだあまり公開されていなかった『図書庫の中の図書庫』の史料をもとに纏めた、おそらく最初期の横断的歴史研究書だ」
「ほう……」
歴史研究者は自分の中の記憶を探る。確かにそういうものに興味が持たれるようになったのは「異哲派」の時代か、それ以降だ。となると時期的に最初期というのは間違いないだろう。
「これは原本から印刷して、同じように製本したものだがな。製本していない状態のものならすぐ出せるし全員分用意するのもそう難しくないが」
「なら下さい、読むので」
そういう会話を後ろで聞きながら、何人かは専門家を囲んで表示面を覗き込んでいた。
「文章傾向は?」
「感情的表現が当時としてはかなり低い。意図的に抑えて客観的に書いたのか?」
「ここの表現傾向値は何を?」
「叙事詩とかをもとにした一致率だ。大抵この当時のものは韻を意識しているからここらへんは高くなるはずなんだが」
「聖典語に不慣れだった?」
「可能性はあるが……」
「いや、その『女史』の部下のケトは当時は詩人として活動していたはずだぞ?それなのにこういう詩に慣れていない?」
「だから全く異なる場所から来た人物だと考えるのが妥当だと」
「本当に辻褄が合うな……」
そういう会話をしている裏で、歴史思考分析を専門とする人物は床に座り込んで素早く紙をめくって本を読み進めていた。まだ数字にできないものを読み取るには、これが一番いいのだ。