図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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鋳造

若い男たちの手によって、るつぼから溶けた金属が型に流し込まれる。色からすると1000 ℃といったところだろう。鋳造は今まで数えるほどしかやったことがないので、こうやって見るのはかなり新鮮だ。

 

「で、どんなものを鋳ればいいんだ?」

 

そう聞いてくるのは髭を伸ばした筋肉質の男性。衙堂とも繋がりのあるこの工房の職人だ。

 

「こういうものを」

 

私が木製の活字を取り出す。衙堂から借りた道具はしっかり手入れされていて使いやすかった。もちろん油を塗って戻しておきましたとも。

 

「ふむ。印の類か?」

 

彼は手の中で四角柱を転がす。4段階の徒弟制度が構築されていて、彼は上から二番目。係長とか班長とかだろうか?私の知っている工場の知識が乏しいので適当な訳語を当てることができない。まあいいや、工師とでもしてしまおう。その上が大工師、その下が工員、一番下っ端が工生。学徒はしばしば工生として雑事全般をやる。腕が認められるか、あるいは本格的に仕事をするとなると工員となり、そこから部下を率いることのできる工師として認められれば一端の職人だ。工房を取りまとめるような大工師となると腕だけではなく政治的な色々やら業界団体とのあれこれをする必要があるらしい。まあこれはどこの世界でもそうか。叩き上げからそういう世界に放り込まれていた父を思い出す。

 

「ええ。これを大量に作りたい」

 

日本語や漢字のような文字数が多い文字体系の場合にはたとえ鋳造で作っても大量生産できるというメリットが無いのでいっそのこと木で全部作ってしまった方がいい。文字数が多いということは一つの活字あたりの消耗も少ないので、木でも問題ないのだ。もう少し強度が欲しければ陶器でもいいが、聖典語の表記体系なら金属活字がいいだろう。

 

「具体的に、どれほど」

 

「一つにつき、百。多ければ二百」

 

これについては仮デザインとして印刷したい本の大きさと文字の統計を軽く取って出した数字だ。

 

「種類は?」

 

「30と少し」

 

「合わせて三、四千か?大仕事だな」

 

おや、なかなか計算が速い。

 

「幾らほどになるでしょう?」

 

「すぐには答えられんぞ、そもそも何で鋳るかにもよる」

 

「できれば固まった時の歪みが小さいものがいいのですが」

 

基本的に、物質は液体から固体に凝固する際に体積が小さくなる。これについては熱とは分子あるいは原子の運動だと考えると捉えやすい。運動が激しい、すなわち温度が高いときほど原則体積は大きくなるのだ。とはいえ例外がある。私たちの身の回りにある最も基本的な物質の一つ、水は氷になる時に膨張する。なので冷凍庫でペットボトルの飲み物を凍らせる時はある程度飲んでからの方がいい。冷凍庫か。欲しいな。冷媒の選択が問題だな。いや本題に戻れ。

 

「そういう金属は難しいぞ」

 

「鉛と錫を混ぜればどうでしょう」

 

「むしろ██████ ████の鉛の方が良いかもしれないな」

 

「どういうことです?」

 

「██████ ████の地で掘れる鉛鉱石で作る鋳物は引けが少ないという話がある。まだ扱ったことはないがな」

 

ほう。たぶん鉛と他の金属、運が良ければアンチモンを含むのだろう。名前を覚えておこう。金属の分析手法も確立しなくちゃな。できれば速いうちにモーズリーの法則に基づいた蛍光X線分析装置が欲しいが、そんなホイホイ作れるものではない。原子量なら単体と酸化物の質量比から酸化数を加味すれば導出できそうだが、そのための精密な測定のための準備が……やりたいことが多すぎる。そのためにも、早く科学的手法を導入したい。つまりは知識の共有と拡散の高速化が必要で、この活版印刷を活用できればそれがうまくいく可能性がある。

 

「私は素人なので、その分野はお任せします」

 

もちろん工業高校にいたのだ、金属材料加工の基本の一つである鋳造についてある程度の知識はあるがノウハウの欠如が酷い。外野として理論に基づいて口出しできるほどのものではないので、かなりを職人の腕に頼らなければならない。とっとと技術の属人化を終わらせたいが、これは明らかに反既存秩序的行動である。

 

「それだけ作るなら、一つにつき銅葉一か二というところだな」

 

少額通貨の銅葉と高額通貨の銀片の交換レートは整数ではないが、ざっくり銅葉五十弱が銀片一に相当する。つまりは文字一種類で銀片三。それに30を掛けて、すこしおまけをしてあげればいい。

 

「銀片百枚程度、ですか」

 

年収とまではいかないが、間違いなく大金だ。ただこんなものを何もない状態から頼んでこれなら安い安い。

 

「無論、より高くなることもあるかもしれないぞ」

 

「当然です。ただ、こちらも安いに越したことはない」

 

「だろうな」

 

笑う私たちに、働く工生たちが怪訝そうに視線を向けた。

 

「なぁに見てる!っと、なかなか悪くない仕事じゃないか」

 

割られた石膏型から取り出されたのは、表面に細かい模様が入った真鍮の部品だった。ちなみにさっき鋳造していたものとは別だ。

 

「これだけの精密さが出るなら頼めそうですね」

 

「……これを元に作ればいいのか?」

 

工師は改めて木の活字を見て言う。

 

「ええ。まずは一つで構いません」

 

「なら、半月後に来い。支払いはその時でいい」

 

「幾らほど?」

 

「銀片一でどうだ」

 

「それでいいなら、今すぐにでも払いましょう」

 

私は硬貨を取り出そうとする。

 

「まあ今は止めてくれ。大工師に黙って金を受け取ったともなれば面倒だからな」

 

なるほど。そういうシステムもあるのか。まだ知らないことは多いな。

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