「……███、キイ、█████ ████ ███████*1」
名前の確認が終わると、ケトは盆を持って部屋を立ち去っていった。急いでいた雰囲気があったことを考えると、ケトの方に別の用事があるのかもしれない。
緊張を抜いて、寝台に倒れ込む。結構集中力を使った。今の所、全て直接音として覚えるようにしているが、脳内でカタカナに転記してしまう過程はどうしてもつきまとう。長期的にケトが話す言語を習得しなければならないのであれば早いところメタ言語、すなわちその言語について考えるための言語を日本語から変える必要がある。
本来言語学において、メタ言語はその説明しようとする言語からある程度独立した論理性を保つために用いられる。あるいは、学習者が知らない言語を学習者が理解できる方法で表すために。それは言語を観察し、分析するためには合理的な手法だ。ただ、私の場合は別に言語自体の構造に対する深い洞察を必要としているわけではない。日本人のほとんどは日本語の文法に対する知識がないが、十分流暢に日本語を話すことができる。私は大学で学んだ第二外国語としてのドイツ語の文法知識があるが、ドイツ語で世間話をすることはできないだろう。そういう会話をできるようになるために必要なのは言葉の海に飛び込むこと。溺れながらでもなんとか意思疎通を図る必要がある。
「███、 ███ キイ*2」
ケトが籠を持って戻ってきた。植物性繊維を用いて編んだと思われる、世界の様々な地域で見られる一般的な作りのものだ。
「███ ██████ █████████ ██ █████ █████ █████ ██████*3」
そう話しながら、籠に入っていた雑多な様々なものを取り出す。色とりどりのビーズで編まれたシート状の飾りだとか、緑や茶色の染め物と思われる布だとか、用途のわからない木でできたと思われる棒や丸い何かとか。
私の学び舎であった
そこの展示室に並んだ各地の民芸品やら日常品を見ながら知り合いと議論を重ねるときもあった。そうして資料を見ていると、面白い特徴がある。展示品には作られた場所に由来する素材の差や細かい制作方法の差異はあるが、それを超えたどこか共通した何かがあるように感じられるのだ。それがヒトという生物が作る以上存在する何らかの制約や傾向によるものなのか、あるいは様々な形で行われていた文化交流によるものかは、はっきりとはわからないが。
ケトが取り出してきたものも、そういう特徴が見られた。ガラス質のビーズで作られた模様がシンプルな幾何学的模様を作っている飾りは、本当にどこの文化圏にあってもおかしくないと感じさせる。
「これは████ █████、これは████ ███████、これは████ ███████*4」
そう言って並べられた三つのものを私はじっと見る。全ての文章に同じ単語が入っていることを考えると何らかの共通点があるはずなのだが……と考えて、私はケトの指が飾りの特定の部分のみを指すように動いていることに気がつく。ちょうど茶色の場所をなぞるように。
「これは茶色の寝台です」
私は自分が座っている寝台の木の部分を触りながら言う。
「はい!」
共通の性質、すなわち内包を説明している……修飾語だ。名詞より抽象的な表現で、価値観の違いを表しやすい。例えば今手に入れた暫定的に「茶色」と理解している言葉も、それが意味する範囲が日本語の「茶色」と一致することはおそらくない。
「これは████ビーズ、████████ビーズ、█████ビーズ*5」
ビーズを意味する単語はわかっているので、その前の部分についている単語が色を表しているのだろう。
「あれは……壁です」
「あれは白い壁です」
修飾語を入れるべきところを開けると、ケトは私のやりたいことを理解してくれたようだった。