図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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「……ケト君」

 

「なんでしょう」

 

「私が暴走すると思ったら、止めてね」

 

「……わかりました」

 

ま、彼ならどうにかしてくれるでしょ。私は煩務官と将軍補と会話をする頭領に目を向ける。

 

精悍な男性だ。よく切れる声と、自信のある眉。骨相学の本は昔読んだけど忘れてしまったな。ただまあ、いい男だ。たしかこの城邦は世襲制なので教育の賜物だろうか?

 

「さて、改めて皆様に紹介してくれないか?」

 

将軍補が私たちの方に手を伸ばし、煩務官を見る。

 

「衙堂で働いているキイ嬢だ。中には今年の分の報告の図画を見た人もいるのではないか?」

 

頷く頭領。お、いい深盃を持ってるな。硝子(ガラス)製か。高級品ということだろう。というか全員分がそうか。本当に金がかかっている。とはいえ見栄は重要だ。相手にそれだけの価値があることを暗に示す良い手段なのだから。同時に自分の力を表すこともできる。いや違うな、思考を戻そう。

 

「それでだ、キイ嬢。君の作ろうとしているものについて、説明してもらえないか?」

 

ケトに後ろからつつかれてやっと我に返れた。ま、こんな発表直前でも集中できるぐらいであれば気負うよりマシだろう。

 

「あまり慣れない語りであるために、うまく説明できないことには御了簡を。正直弟子に話させたいところでもありますが、紹介を受けた以上私の口から言わせていただきましょう」

 

お、思ったよりウケがいい。うんうん。反応があるのは話していて楽しいね。ケトへの説明もリアクションが色々見られて楽しいけど。

 

「本を作ることは決して容易ではありません。写字を行おうとすれば文字の間違いが生まれるし、木を彫るには職人の腕と時間がかかる。私がやろうとしている方法では、木版で作るように校正が容易であり、写字よりも作業者の腕を問わない方法です」

 

興味深そうに人々が私に視線を向ける。

 

「これを使います」

 

何人かに金属活字を回していく。実物の例示は効果的な演出方法だ。なにせ少し前まで博物館で色々やっていた人間だからな。学芸員の資格は忙しくて取れなかったが、博物館学の教科書は一通り読んであるし、国立産業技術史博物館は国立大学法人法で設置されるので博物館法で言う博物館ではなく学芸員はいない。いやどうでもいいや。

 

「鉛で作った文字版です。これを並べ、(ページ)まるごとの版を作り、油を主体とした(インク)を付け、搾油機で圧力をかけて紙に刷ります。これであれば、今まで十人の書字生で行っていただけの作業を、一人か二人で行うことができます」

 

何人かの目の色が変わる。

 

「今の時点で、何か質問は?」

 

「この文字版を作るのは、容易ではないだろう?初期投資はどれぐらいになりそうだ」

 

ここで素早く手を上げてくれるのは本当に嬉しい。

 

「質問に感謝いたします。概算でありますが、銀片二百ほど。ただこの文字版は使い回せますし、必要であれば同じ型から同じ形のものを作ることができます。二台目以降はもう少し安くなるでしょう」

 

「文字の大きさは変えられるかね?」

 

「可能です。ですが、あまり種類を増やしすぎないほうがいいでしょう」

 

そんな説明をしながら、私は頭領の方に目を向ける。

 

「……この方法に、何かわかっている問題はあるかね?」

 

そう語るのは頭領。ふふ。さすがだ。この城邦を率いているだけある。こういう話を聞かされて溺れずにデメリットを聞けるのは発表者側としてはあまり嬉しくないが。ただまあ、このくらいの質問は学会ではジャブにもならんよ。

 

「例えばこの版は鉛ですので、ぶつけて粉が舞えば毒となります。作業場を掃除し、仕事終わりには口を濯ぎ水を浴びる必要があるでしょう。ただ、そういうことではなく……」

 

私はここで一度言葉を切って、息を吸う。

 

「例えば書字生の職が失われることが考えられます。また、容易に同じ本を作れるということはある著作を正当でないものが作れるということを意味します。それをどう扱うかという法が必要になるやもしれません。……そして、どのような考えであっても今までより早く広まることになるでしょう」

 

何人かは飲み込めたようだが、そうでない人もいる。補足説明をしようか。

 

「つまりは醜聞も、誰かに対する否定も、あるいは商業や政治上の秘密も。銀片数百は安いとは言えませんが、学徒が何人かいればそのような活動をすることも不可能ではないでしょう」

 

「つまりは、この図書庫の城邦にとっては████████の剣となるわけか」

 

頭領が言う。知らない言葉だが、故事成語だろうか。ケトに視線を向けると、すぐ顔を私の耳元に近づけてくれた。

 

「古帝国の伝承で、皇帝が裏切り者を処刑する時に使われた剣が反逆者によって振るわれ、皇帝が殺されたという話です」

 

「わかった」

 

諸刃の剣、といったところか。

 

「その通りです。ただ、この図書庫の城邦であれば有用性は高いでしょう。多くの本が作られれば、知識が生き残る可能性が高まります。全ての衙堂に聖典語の教本があれば、学びに来る前に知識を受け入れる土を耕すことができます。講師が事前に講義の流れを刷っておけば、学徒は容易にその話を理解し、また振り返ることができるでしょう」

 

「だが、一度本となってしまったことを消し去ることはできない、と」

 

本質を見抜くのが速いな。私にはここまでの速度は出せない。

 

「あなたがたが悪いと判断した本を焼けば一時は消えるかもしれませんが、一冊でも残していればそれが種となるでしょう。逆に言えば、地の上に一冊でも本が残っていれば叡智は受け継がれます」

 

「……完成までにかかる期間と、費用は?」

 

「期間は鍛冶がどれだけかかるかによりますが、おそらく数月。費用は残り銀片二百か三百と言ったところでしょうか」

 

「よし。春分までに完成させよ。衙堂と図書庫に費用は出させる」

 

自分の懐から出すわけではないのか。いや、確かにそういう機関の予算の方が信頼はできるけど。

 

「……衙堂としては、異論ありません」

 

そうは言っているが、煩務官の目はあまり明るくない。たぶんこの後の仕事が増えたと思っているのだろう。

 

「図書庫の方はもう少し確認したいことがあるのだが、よろしいか?」

 

手を挙げて言うのは白髪の老人。最高齢かな。基本的にここの面子は若い。いや人口分布とかを知らないのに安易にこう言うのはよくないか。

 

「構いませんよ。この後でも、後日でも」

 

「それでは、宴の続きをしようか。図書庫の城邦の発展に」

 

ケトが私に深盃を取ってくれる。アルコールと果物の甘い匂いがする赤い液体が蝋燭の火を反射して揺れる。

 

「「「乾杯!*1」」」

 

「……乾杯」

 

タイミングを逃し、私は小さく呟くように言った。

*1
聖典語において『いざ恵みを!』の意。図書庫の城邦を含む一帯では乾杯の音頭に用いられる。一般的に晩餐ではある程度盛り上がったところで強い酒を飲み始め、その切り替えのタイミングで乾杯をする。また、古来より酒は自然がもたらした収穫から作られる「恵み」の象徴であった。

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