図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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発展

書くよりも正確に

 

彫るよりも速く

 

見易き文字にて

 

書き手を選ばず

 

字を記すこと、可能なれや?

 


 

手のひらサイズの紙に刷られた聖典語の五行詩。この印刷に、私は手を貸していない。インクの配合から印刷まで、ケトが全て一人でやったものだ。まあ丸一日苦労してからのものだったしマニュアルに改善の余地は多分にある。数百年後にオークションで高値が付きそうだな、と余計なことを考える。

 

「できたぁ……」

 

「お疲れ様。なんとか間に合ったね」

 

「ただ、これ刷る時の微調整が大変ですね」

 

「まあ元の文字版の組み合わせとかも変えていかなくちゃな……」

 

文字一つ一つは良くても、並べた全体のバランスというものがある。それについてはどうやらある程度決まったルールがあるらしい。ここらへんは修辞学と統治学の両方の知識が必要なようで、つまりは面倒だ。ただある程度フォーマットが決まっているのでそれ専用に枠を作ればいいかもしれない。

 

「あとはこれを煩務官に出せばいいんですよね……」

 

「私がやるよ」

 

「いえ、キイさんにやらせると怖いので一緒に行きましょう」

 

「そうかな?」

 

「そうです」

 

ケトが少し語気を強める。

 

「作業に集中して食事を摂らなかったのは誰でしたっけ?(インク)の材料を買うのに相手の言値で払おうとしたのは誰でしたっけ?膠をこぼして危うく大火傷を負うところだったのは誰でしたっけ?」

 

「そんな危ないことをするやつがいるのか、世界にはまだまだ知らないことがあるな」

 

「これは少し真面目に聞いてください」

 

「はい」

 

私とケトは床に座る。

 

「完成までは何も言わないようにしていましたが、完成したので言います。キイさんは凄い人です。こんなものを作って、その使い方まで説明しようとするのは僕にはできません」

 

「たぶんできるんじゃないかな……」

 

私のこれは結構が経験によるものなのでケトでも慣れればできるはずだ。その下地になる能力は私以上にある気がするし。

 

「今はできません」

 

「はい」

 

「……すごい心配したんですからね?」

 

「それについては申し訳ないけど、たぶん変えられない……」

 

他者に心理的負担をかけて作業をすることは本来なら避けるべきだが、今回の場合頼れる人間が他にいないのだ。単純な計算ならともかく、あいまいな知識ベースで実験プランをでっちあげるのはこの世界で私以外にできる人はいないはずだ。

 

「わかりました。なら、しばらくは休みましょう」

 

「この完成報告は?」

 

「たぶん煩務官に出したらあとは色々やってくれます」

 

「確かに」

 

作業中もたまに覗きに来ていたので、まあ進捗共有はできていたはずだ。こういうときに後を任せられる上司がいると助かる。

 


 

上の方が下した最終的な結論は、「実用に難あり、しかし改良の余地大なり」とのことである。そして図書庫がかなり興味を持ってくれた。銀千枚でまるごと買い取るという話もあったが、これは一旦保留にしてもらった。アフターサービスが保証できないというのと、まだ試作品だということで勘弁してもらったところがある。

 

「誤字の修正が楽なのが気に入られたらしいですよ」

 

暖かくなってきた宿舎の部屋でケトが嬉しそうに話す。

 

「そいつはよかった」

 

私は手元の紙を見ながら言う。予算がついたので結構気軽に紙にメモができるようになった。蝋板は消さないと続きが書けないので、保存用には紙がやはりいい。

 

「それは?」

 

「いや、この後何をするかと色々書き出してて。一つは金属文字版印刷の改良。文字版をもっと効率的に作る方法があるけど、それには雷の力を操らなくちゃいけない」

 

「万神学で議論になりそうな内容ですね……」

 

「もう一つは教本を作る。東方通商語による東方通商語の」

 

「どの東方通商語を使うんです?」

 

「どのって……ああそうだよね、地域によって変わるか」

 

「ひとまずは図書庫の城邦で話されているものでいいかと」

 

「よし。あとは教本でも算学の応用と薬学とあとは実践的哲学の話と……」

 

ここらへんの言葉もないのでどうにかしないとな。「実験」という用語を会話で使えないし、「科学」という概念がないのも面倒だ。まあこれについてはケトと一緒にやろう。そうでないとたぶんできない。

 

「それは講義のほうがいいのではないでしょうか?」

 

「まあ、そうかも。そうかあとは加工のためのあれこれもか……」

 

「急がないでくださいね」

 

「どうして?」

 

やりたい事というかやれる事が多すぎて、たぶん死ぬまでには終わらない。教育体制を整え、分業を駆使し、それでなんとかいくつかの技術が数年か十数年のスパンで実現可能だろうな、と私は読んでいるがここらへんは実際にやってみないと何とも言えない。

 

「必要がないからです」

 

「……そう?」

 

「はい。無茶をして、それで倒れてしまったら意味がないですから」

 

「相当心配かけてるね……」

 

「ええ。本当だったらずっと部屋に閉じ込めたいぐらいです」

 

思ったより感情が重いなと思ったが完全に私のせいだ。

 

「ただまあ、金属文字版印刷ができたならもう少し危ないものを出してもいいかな」

 

私は紙のうちの一つを見て言う。設計図というほどでもない、落書きだ。

 

「……一体何です?」

 

「少し手軽に刷れる方法」

 

技術的ハードルが比較的多い気がしたので昔からある活版印刷を選んだが、案外うまく行ったならこっちも試してみてもいいだろう。

 

「そんなものがあるならなぜそっちを先に出さなかったんです」

 

「本当に危ないものだからだよ」

 

謄写版はかつては一般的な事務機器として幅広く使用されていた。それこそ官公庁からテロリストまで。ヤスリの上に載せた蝋紙を鉄筆でガリガリとやって版を作るのでガリ版印刷とも言う。スクリーン用の絹がどうにも見当たらなかったが、ニトロセルロース繊維で作れる可能性がある。まあそもそもちゃんと使ったことがないので手探りになるが。

 

「……前に話してくれた、他のものよりも?」

 

「うん。技よりも、考えの方が人を強く動かすから」

 

「そうかもしれませんね」

 

ま、何かあったら今回のように上の方が動いてくれるらしいことがわかったのでそこまで深刻に考えるのはやめよう。思い悩み過ぎは身体に毒だ。

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