図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第5章
誤認


活版印刷機はひとまず衙堂で実験的に使用することになった。印刷デザインの改善、活字サイズの調整、その他諸々の問題点はあるがこれについては煩務官が伝手を使っていくつかの場所から集めてきた人員にやらせているので私とケトはのんびりと休暇を取っていた。臨時収入でちょっとした買い物もして、しばらくは市場でも見て回るかなと思った頃の出来事である。武装した、つまりこの図書庫の城邦では珍しい剣を持った二人が私とケトが惰眠を貪っている時に現れた。

 

「大衙堂に務めるキイ嬢で間違いないか?」

 

「はい」

 

眠い目をこすりながら言う。最近は少し暖かくなってきたので寝台から出るのはそう辛いことではなくなったが。

 

「……巡警の方が、何か御用ですか?」

 

私の前に出るケト。彼らの派手な赤い外套は一種の特権を持った暴力組織であることを表している。まあ警察みたいなものだ。ここでは軍隊と警察のはっきりとした区別がないし、常備軍もないのでここらへんを私の知っている単語で置き換えようとするのが無理があるという話ではあるが。

 

「君は?」

 

「彼女の弟子の、ケトと言います」

 

「そうか」

 

巡警の二人が私の方に視線を向ける。

 

「あなたに犯罪の疑いがかかっている」

 

「……何についてです?」

 

「貨幣偽造罪だ」

 

「はぁ?」

 

思わず変な声が出てしまった。

 

「……失礼。いや、私には心当たりが無いのだが、一体どうして?」

 

そりゃまあ偽造ぐらいはできるとも。圧印加工(コイニング)ではなく鋳造品だから、そこまで難しくはない。ただ銀や銅の価値を考えて、必要な設備やらを用意したら相当作らないと赤字だ。

 

「銅の鋳造を依頼したな?」

 

「あー……」

 

なるほど。そこで引っかかるのか。活字を作ってもらった工師に同じサイズの銅と鉄の円盤を注文したのだ。亜鉛がなかったので鉄を使うのは仕方がない。

 


 

私が解放されたのは夕方であった。おかげで一日を無駄にしてしまったが、いろいろと面白いものが見れたのでまあ良しとしよう。具体的には巡警における階級システムであるとか法体系であるとか収賄への忌避感であるとか。真面目なのはいいことだ。つまりは賄賂を受け取らなくて済むだけの給与を受け取っているということでもあるし、そういう倫理が構築されているということでもある。ちなみにケトが言うには「貧乏人の訴えを聞かずにいたら捜査関係者を殺した」という古帝国時代の話があるのだという。オチは「そのような強い意志ある人間がくすぶってはいけない」と取り立てられたというものであるが、なんというか、うん。

 

「……疑いは晴れてよかったですね」

 

「まあね」

 

結局鋳造品を円盤状ではなく四角形にすることで問題がなくなった。これでいいのか。いいらしい。

 

「で、何を作るんですか?」

 

「あー……」

 

ケトの言葉がちょっとキツい。

 

「説明は実物を見せながらにしたかったんだけどね、仕方ないか」

 

「まあ見当はついてますけど」

 

「おや」

 

「雷を作るんでしょう?」

 

「なぜわかった?」

 

「僕にはまったく使い道がわからないものだからです。それでいてキイさんが重要だと考えるとなると、それくらいしか思いつきません」

 

正しい推理だ。確かにこの世界では電気についての知識が乏しい。私が調べた限りでは静電気に関する記述さえ見つからなかった。一般的すぎてわざわざ語るまでもない、ということだろうか。

 


 

銅の板、塩水を染み込ませた紙、鉄の板、銅の板、塩水を染み込ませた紙、鉄の板、以下略。そうして積み上げた塔のようなものの一番上の鉄の板と、一番下の銅の板から飾り用に作られている銅線を伸ばす。エナメル絶縁がしたいが、配合の知識は一切ないので被覆はない。電磁気学の黎明期には紙や絹糸を巻いていたというが、正直面倒なので作業はショートに注意しながらにしよう。

 

「で、今度は一体何をしているのだね」

 

「ちょっとしたことですよ」

 

私の言葉に薬学師のトゥー嬢は溜息を吐く。ちなみに私が活版印刷機を作っている間にコロジオン膜の製造技術が確立されてしまっていた。いや実際必要なものはそう難しくないのだ。適度に硝化されたセルロースを、エタノールとジエチルエーテルの混合液に溶かせばコロジオンができる。これをなにかに塗れば揮発性のエタノールとジエチルエーテルが飛んで、ニトロセルロースだけの膜ができると言うわけだ。という話をしたら実際にやって、適切な配合やらまで完成させていた。怖い。私のように器用な方法でやったのではなく、作業の繰り返しで適切な方法を特定していったという。うーん、早めに実験計画法も実用化してこの努力をもっと効率的にしたいな。

 

「仮に硝膠と呼んでいるが、あれは面白いな。切傷を塞ぐのにいい」

 

「あれ、その話しましたっけ」

 

「というと、実際にそういう使い方があるのか」

 

水絆創膏というやつである。

 

「薬草酒を混ぜたりしたらより効果的にならないか?」

 

「正直そこは詳しく知らないので……」

 

「ふうん、そうか」

 

そう言うと、改めて彼女は机の上の謎の塔に視線を向けた。

 

「あとは……誰か勇気のある人、いる?」

 

私はトゥー嬢とケトを見る。

 

「やります」

 

元気よく言うケト。

 

「死にはしないけど、結構嫌な感じがするよ?」

 

「死なないなら、まあ」

 

トゥー嬢が心配そうにケトを見た。

 

「それじゃあ、舌を出して」

 

銅線の端は叩いて潰してある。えーと、鉄の標準電極電位が-0.45ボルト、銅が0.35ボルトぐらいだったかな。図として覚えているので少し怪しい。一つの鉄-紙-銅のペアが生むのが0.8ボルト……じゃない、銅は反応しないから0.45ボルト、20個組み合わせたこれでは9ボルト程度。まあ006P(9V角型乾電池)と同じぐらいといったところか。

 

ケトは口を開け、舌を出す。

 

「健康そうだな」

 

そう言うのはトゥー嬢。

 

「読めるんですか?」

 

「医学は少しだけだが学んだからな」

 

私は全然わからない。さて、出された舌に2本の銅線を近づける。これらはくっつけないように、指一本分ぐらい離して。

 

「うぇっ」

 

銅線が両方とも舌に当たった瞬間にケトは身体を引いて変な顔をした。

 

「なんですか、これ」

 

まだ舌に変な感覚が残っているらしい。

 

「一種の力だよ」

 

この世界の言葉では、まだこの現象を表す言葉はないのだから説明はできない。あとでケトにつけてもらおう。

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