図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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着磁

さて、現状をおさらいしよう。

 

今のところの最終目標は電胎母型の作成である。必要なのは蝋、黒鉛、硫酸銅、鉄、安定した直流電源。蝋と黒鉛については輸入待ち。鉄はある。硫酸銅は鉱物としてはないらしいので作るしか無い。そのためには硫酸をもう少し多く作りたい。今の製造方法は硫化物と硝石をガラス容器内で加熱し、硫化物から発生した二酸化硫黄を硝石から発生した二酸化窒素で酸化して三酸化硫黄を作って水に溶かすものだ。これは硝石が高価であることを考えるとあまり使いたくない。

 

では硝石を使わない方法があるのかと言えば、まあある。例えば白金とか五酸化バナジウムの触媒を使って二酸化硫黄を酸素と反応させる方法。しかしこれは駄目だ。なぜなら触媒が手元にないからである。「溶けぬ銀」という金属のサンプルを取り寄せようとしたら目の飛び出すような価格を提示されたので保留。では別の方法、$\require{mhchem}\overset{塩化スルフリル}{\ce{SO2Cl2}}$の加水分解反応ではどうだろう。これは二酸化硫黄と塩素の反応で得られる。二酸化硫黄は硫化物を焼けばいい。塩素は食塩水の電気分解で手に入る。中間素材が多いが、まだ序の口だ。プラスチックの合成なんかはこんなものではないぞ。とっとと誰かに投げられる体制を作りたい。

 

で、問題は電気分解だ。電池として堆を使うのは問題がある。基本的にこのエネルギーは鉄が塩化鉄になる時のエネルギーが放出されているのだ。こういう消耗のない方法で電気を作りたい。そういうわけで直流発電機を作ることが当面の課題だ。

 


 

繋げられた数百の堆。繋がっているのは厚めの紙で作った銅線でぐるぐる巻きの筒。回路に金属の棒を上から落とすことでスイッチ代わりにしている。過電流防止に細い鉛合金の線で作ったヒューズも繋いである。

 

「いくよ」

 

頷くケトとトゥー嬢。私は息を吸って、金属の棒を離す。棒が離れた銅線を繋ぎ、火花が飛び散って音が鳴る。

 

「……終わった?」

 

「たぶん」

 

ケトの言葉に私は返し、ヒューズを確認する。しっかりと焼き切れてくれていた。

 

「変な匂いがしないか?」

 

トゥー嬢が呟く。

 

「銅線のまわりの塗料か、あるいは紙の芯が焼けたのでしょう」

 

念のため水の入った瓶を用意しておいたが、その必要はなかったようだ。

 

「……さて、これでこの棒が磁石になったはず」

 

筒を傾けて、中に入れていた鉄の棒を取り出す。いくつかの地域の鉄を試したが、たぶんこれが一番硬磁性だ。紙で包み、砂鉄に近づけてみる。

 

「痺因で作った磁石のほうが強くありませんでしたか?」

 

ケトが言う。いやそれでも結構な量の砂鉄が吸い寄せられているやろがい。

 

「まあそれは仕方ないよ。痺因なしでできるって方が重要」

 

「普通に言っているが、今までの方位確認用の磁石よりも圧倒的に強いよな?」

 

トゥー嬢のツッコミ。まるで彼女一人が真人間のようだった。

 


 

じつはこうやって作った磁石であるが、発電機に必要なわけではない。確かにある種の発電機は磁石を使う。学校の実験で扱うようなやつは大抵そうだ。だが、一般的に永久磁石は電磁石によって磁力が着けられる。これを着磁という。つまりは電磁石より強い永久磁石はできないのだ。なら電磁石を組み込んだ発電機を作ってしまえばいいのでは?という考え方もあり、これを自励式という。

 

まあ自励式の構造は面倒だしコイルを巻くのが発狂しそうになるので永久磁石を作ろう!ということになった。もちろんケトには止められた。しかしトゥー嬢が乗り気で堆に使う金属板を大量注文してしまったのでやってみることになった。なおここで作った堆は後でトゥー嬢ルートで知り合いの薬学師に配るようだ。私としてはこういうことをされると発見者がわからなくなって後世の研究者が悶えるので大賛成である。

 

「で、どうやって磁石から痺因を作り出すんですか?」

 

発電機用のコイルを巻いている私にケトが聞いた。

 

「ちょっと待ってね」

 

電鈴(ベル)に使った電磁石を流用して作った電流計をまず用意。電流が強ければ電磁石が作る磁界も強くなるので、いい感じにてこで吊り下げてある鉄の棒が引っ張られるのだ。

 

「もし痺因が銅線中にあれば、この鉄の棒が動くのはいい?」

 

「はい」

 

ここで取り出すのは着磁に使った太めのコイルと棒磁石。コイルと電流計を繋いだところで、まだ何も起こらない。

 

「ここで磁石を動かすと……」

 

コイルの芯に当たる部分に磁石を入れると、電流計がピクリと動いた。

 

「……おお」

 

ケトが驚いた声をこぼす。

 

「逆に磁石の方を固定して、これを動かしてもいい」

 

コイルの側を動かしても、同様に電流が流れる。

 

「やっていいですか?」

 

「どうぞ」

 

ケトは興味深そうに磁石とコイルに触れる。まあ楽しいわな。

 

「これを使えば、基質の分解に使えるような痺因を作り出せるんですよね」

 

「あー……」

 

これには説明していない問題がある。トゥー嬢は気がついているらしいが、電流には向きというものが存在するのだ。なお、この電流計ではその向きを測定できない。測定するためには固定した電磁石で鉄の棒を引っ張るよりも、固定した永久磁石で電磁石を動かした方がいい。電流の向きによって電磁石が作る磁界の向きが変わるからだ。ともかく、この方法だと磁石を入れた時と出したときで流れる電流の向きが変わる。電気分解では一定方向の電流が必要なので、このままでは使えない。

 

「まあ、だいたいはそう」

 

少しごまかしたが、ケトの疑惑のこもった目はこちらを向いていた。

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