大道芸
少し面倒な話をしよう。具体的には差別について。
差別の定義についてはそれ自体で講義になるレベルなので、辞書的なものに留めよう。特定の個人的あるいは集団的特徴により、他者からの干渉を通して社会的環境的に容認されている不利益、とかでいいだろうか。まあ、これだと成人年齢前の責任能力であったりも含まれるが、あくまで相対的な価値観で分析を行いたい。そういったものは、全て差別と呼ぶことにしよう。
性別による差別は存在するか?する。法的な権利の多くは成人男性を対象としたものであり、女性がその権利を受けるためには面倒な手続きが必要となる。それでもこの世界において女性は家庭に閉じ込められている存在ではないし、社会への影響力は無視できない程度には大きい。割合としては少ないながらも、上流階級と言うべき階層で活躍する人もいる。そもそも本質的に能力主義の側面が強いので女性であるということは能力があることにそこまで優先はされない。いやここらへんは難しいな。そもそもこういう議論をしようにも面倒な問題がつきまとうので程々にしよう。私の価値観を理解できる人がこの世界にいないとしても、かつて交わした議論の過程で植え付けられた独特の忌避感と価値観は私にまだ影響を与えている。
障害に対する差別は存在するか?する。そもそも障害の定義が問題となるが、まあ生活において不都合が生じており社会的援助が十分でない時点でそれは定義上差別に突っ込むべきだろう。社会的地位は決して高いとは言えないし、変な視線を持つ人は多い。宗教的解釈では一種の罰、あるいは試練として捉えられているようだ。ただどうやら独自の、ある程度閉鎖的なコミュニティを形成しているらしい。
人種に対する差別は存在するか?する。目の色、髪の色、肌の色に対しての偏見はある。ただそれは血液型性格診断よりかは強い程度のものであって、そのようなものの存在を否定する人もいる。「同じ目の色、同じ髪の色、同じ肌の色の同胞」という言葉が存在はするが、これは血縁より一回り大きい程度の身内意識の表現だ。そもそもかつていた世界の人種差別が近世から近代のヨーロッパで「創られた」概念である「人種」に由来しているのはあるか。
職業に対する差別は存在するか?する。城邦の壁の外側には「ふさわしくない」仕事に就くものが暮らす一帯がある。ただそこで働く人達がいなければ壁の中の生活は上手くいかないので、統治の際に目を背けることはできない。こういうところで複雑な間接民主制が組み込まれたシステムがほどよく各種の利害を調整している側面がある。
結論から言おう。この世界と、私がかつていた世界の価値観は色々と違うが、無理やり比較するのであれば、別にこの世界の人々による差別が酷いようには感じられない。経済的に恵まれた環境にいる部外者の視点で語るべきではないと言われればそれまでだが。少なくとも、かつていた世界の、一番ひどい時代の人種差別より非合理的な差別はこの世界では見受けられなかった。蔑視され、卑賎と言われる人々はいる。それは否定しない。ただ、それを以てこの世界を「遅れている」などと論じる事はできない。
で、ここまで前置きをした理由は今目の前で行われている大道芸だ。見世物小屋における奇形の興行やら人間動物園に比べれば上品であるが、かつての世界であればなにかの団体がやってきそうな程度のもの。ただ、彼ら彼女らの繰り広げる技能は舌を巻くべきものだ。奇術、曲芸、人形劇、声楽、劇、あるいは詩。人混みの中で行われるパフォーマンスはかつていた世界の知識であってもトリックを見抜けないほど洗練されている。まあ、私はこういうものを素直に楽しまないのは無粋だと思っているのでケトと一緒に見て回っているのだが。
「凄いですね」
はぐれないよう手を繋いだケトの声がざわめきの中から聞こえる。
「そうだね」
子供を城邦に行かせるべきではないという思想もわかるな、と私は芸に目を移す。指の動きに合わせて流木を細い糸で踊らせるように動かす糸操人。面白い。非生物が有機的に動くのはかなり見ていて奇妙な感じがする。今やっているのはどうやらある程度有名な伝承に登場する詩の争いを模した劇らしい。ケト曰く詩自体の出来がイマイチとのことであるが私としてはこの発想が面白かったので銅葉を籠に一枚入れた。
巨大な女性に放り投げられ、くるりと着地する小さい男性。短刀一本で柔らかそうな木を削って作っているのは似顔絵もとい似顔像のようなものだろうか?荒削りではあるが確かに依頼者の顔の特徴を掴んでいる。裾のひらひらした派手な紅色のロングスカートで踊る男性。いや別にスカートが女性の服になったのはローマ文化の影響だからそうでない地域や時代では構造が単純なスカートは一般的だったはず。スコットランドで見られる格子柄のフェーリアとかもあるし。それにしても脚の動きに合わせて波が走るように裾が揺れるのはいいな。飾りの金属線が日光を反射してきらめいている。
「……こういうことをしていると、目的の場所に着く前に日が暮れない?」
「かもしれませんね」
ケトの言葉に私たちは少しだけ足取りを早めて、道路の中央に向かう。両側で芸が行われているので、そこの部分の人の流れが遅いのだ。右側通行なのはなにか理由があるのか、それとも偶然か。そんな事を考えながら私たちは目指す商館の一つに向けて進んでいく。