商会の建物が立ち並ぶ港に近い区域の一つ、白い石で作られた建物の中にそれはある。
「ようこそ、とくとご覧あれ。そして驚きを!」
そう言うのはここの案内人。ここは直訳するのであれば「奇物の図書庫」。私の知っている
壁に並べられるのは剥製、骨格標本、スケッチ、なにかの機械らしきもの、装飾品、磨かれた鉱物などなど。ガラスがないから基本的には壁にかけたり床に置いたり天井から吊るしたりだ。手を触れてはいけない。
「すごいですね……」
「うん」
目を輝かせるケトと違って、私の視線はどうにも冷めたものになってしまう。直射日光ではなく間接照明なのは経験的に紫外線による劣化を知っているからだろうか。それでもいくつかの展示品は色あせている。本来ここは商会が取り扱っている品物の展示室という側面があったが、それが一般公開もされているということらしい。
「これが南方、████████からやってきた大魚の骨だ、肉はここに来るまでに食われてしまった」
笑い声が上がる。結構人気のようで、入館料もそれなりにする。基本的に案内人についていって展示物の話を聞くコースだ。ちなみにいま話されているのは大型の硬骨魚類の骨格。背骨がごつい。
古帝国はおよそ三百年前にこの地域一帯を支配した。スケールはわからないが私の雑な推定では下手すれば大陸の端から端まで。その過程で統一された通貨と整備された道路網によって大規模な交易が発生したのである。
輸送費は決して安いものではなかったが、需要はそれでも大きかった。東の端ではそこら辺に生えているような草が西の端では霊薬として珍重され、北で作られたちょっとした雑貨が南では呪具として使われる。
そして上流階級による奇品収集のブームが起こった。それは権力の象徴として、あるいは自らの持つ交易ルートの誇示として。しかし古帝国のゆるやかな崩壊によって維持されなくなった道路網ともにその潮流は終わる、はずであった。
転機は船の改良にあったという。帆の形を変えることによってより確実な舵取りが可能となり、海運業が発達したのだ。ここで皮肉なのは船を操っていたのは古帝国に迫害され、海に追いやられた民であったということだが。
かくして港を備えた城邦は大いに発展し、各所が手放した奇品を、図書を、専門家を買い漁るようになった。城壁が築かれ、港が拡張され、拡大に拡大が繰り返される。かくして図書庫の名を冠するようになったというわけだ。という話をケトに確認したらあっていた。基礎教養レベルらしい。
そんな事を考えていると、ケトは私の袖を軽く引いた。
「説明を聞かないんですか」
耳を寄せると小さな声でそう呟いてくる。
「ここで話されている内容はあまり信頼が置けないよ」
「そういうのを楽しむんですよ」
言われてやっと思い出した。今は休暇中なのだ。いやでも私の中の余計な部分は動線を意識した展示替えをするんだと言ってきている。落ち着け。確かに私は博物館と一体化した施設で学んでいたが、専門職員ではなかっただろ。真似事はしていたけれども。
「……そうだね」
「まあ、キイさんがこういうものを素直に飲み込んでしまう人ではなくて安心はしましたが」
「君だってわかってるよね?」
まあ剥製に縫い目が見えたり自然界ではあまり見られないような色だったりがあるので、まあ。
部屋ごとにテーマがあるようだ。今の部屋は人の手による技。私の視線は壁にあるとある装置に引き寄せられた。
「ケトくん、あれなにかわかる?」
「さぁ……」
「そう」
案内人に直接聞くのは後でいいか。少し近づいて観察をする。横の部分から中の機構が見えるが、溝が側面に刻まれた円盤のようなものが見える。歯車とも言う。……そういえば水車を見たときに軸の向きを変えるための一種の歯車機構らしきものはあったな。臼で粉を挽く時には軸は垂直方向のほうがいいのだ。
「これは今は動かないが、かつては鳥の声を出したという」
機械を指さして案内人がそんな話をする。一種の楽器か?オルゴールのようなものなのだろうか。
「ただ、今日ではその作り方も失われて久しい」
うーん残念だ。ここまで細かい機械工作ができるなら時間計測用の時計を作りたいところだった。秒スケールの安定した測定ができれば基本的な理科実験ができるし、あるいは作業時間を測定して科学的管理法を利用できるかもしれないのに。
「興味があるんですか?」
「ちょっと、ね」
ただまあ、原理が存在しているだけいいとも思える。そんなことを考えているうちに話は進んでいた。飾りとか木彫りの細工とかは正直そこまで興味はないが逸話はそれなりに面白い。ただ時代も由来もいいかげんなのだろうな、と私は案内人の話し方から察する。
ただ、こういうふうに何かを収集しようとする文化があるのはいいことだな、と私は嬉しくなった。後世の研究者としてこういうコレクションの存在に助けられたことが何度もあったので、数奇者がいるというのは世界を豊かにするために必要なのだと思っている。