図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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外食

「キイさん、この後どこか食べに行きませんか?」

 

通りを歩いていると、ケトが聞いてくる。確かに日がそろそろ暮れるし、お腹も空いてきた。

 

「いいね、何を食べる?」

 

この図書庫の城邦では外食は珍しくない。というより、多くの学徒寓、まあ寮のような場所にはキッチンがついていないか、あるいは共同のものがある程度だ。学徒の多くが朝食と夕食を買って済ませるので、その市場は結構あるのだ。なお昼は大抵軽く何かをつまむ程度だ。これは一日三食に慣れていた私には結構きついので昼食を摂るようにしている。ケトからは食べ過ぎじゃないかと言われるが脳を酷使するのでその分のエネルギーを摂取しなければ。

 

「魚はどうでしょう?」

 

「美味しい場所、知ってる?」

 

「前に司士の人に教えてもらった場所があって」

 

「それはいいね」

 

そういうわけで私はケトについていきながら街を見る。基本的には広義のコンクリートでできているらしい。石材を石灰や火山灰の一種と混ぜたもの。ローマン・コンクリートに近い。そりゃまあこれだけの街を木材で作ったら火災が怖いからな。事実何度か燃えているらしい。図書庫の周辺にはある程度の空間を作ったり石造りで防火対策をしていると言うがそれでも分館が焼けたという話が歴史書を読むとたまに出てくる。

 

「それにしても、夜もここは明るいね」

 

薄い紙で散乱したランプの光はどことなく提灯や行灯を思い起こさせる。うーん、たまに郷愁に襲われるな。軽く首を振る。

 

「だからといって安心しないでくださいね?」

 

「わかっているって」

 

ここなら人通りは多いが、少し路地を行けばすぐに暗くなって場所によっては星明かりも届かなくなる。そんな場所ではたまに死体が転がっているようで。特に一部の区域では巡警と犯罪者集団が抗争を起こしているらしい。あくまで噂だが。

 


 

魚の生食のためにはいくつかの条件が必要だ。例えば衛生管理。あるいは冷凍技術。

 

「キイさんはこういうもの、大丈夫ですか?」

 

「まあね」

 

生魚の香草塩漬けとでも呼ぶべきもの。締まった身に軽く苦味のある何かの草と柑橘系の酸味がなかなかいい。マリネに近い味わいだろうか。

 

「……ケトくんは、あまり得意ではない?」

 

「……そうですね」

 

「なるほど」

 

まあ私だって好き嫌いがないわけではないからな。生魚はいろいろと忌避感もあるかもしれない。食中毒のリスクは加味した上でこういう珍しいものに触れるのも文化交流の楽しさではあるのだが。

 

「それより僕はこれのほうが好きです」

 

「美味しいよね」

 

おせち料理の田作にも似た、乾燥させた小魚の煎りもの。甘みは少ないが、これはこれで良い味付けだ。砂糖が取れるような植物があれば色々と変わるのだろうか、と私は喉に刺さらないようにまるごとの魚をきちんと噛む。

 

「これで最後?」

 

少し聞き慣れた東方通商語とは違うアクセントで店主が私たちの前に深い皿を出しながら聞く。

 

「ええ。ありがとうございます」

 

ケトが返す。皿というより土鍋と言ったほうが近いかもしれない。入っているのは魚のアラで作った一種の雑炊だ。私がかつて食べていたよりも米の形が残っているので、リゾットとかのほうが近いだろうか?かなり色々な具が入っている。

 

『あぢっ』

 

「……久しぶりに、聞きましたね」

 

「何を?」

 

火傷してしまった舌を冷ましながらケトに聞く。

 

「……キイさんの故郷の、言葉ですよ」

 

「ああ、確かに」

 

反射的に出す言葉はなかなか変化しないものだ。あらためて息を吹きかけ、冷ましてから食べる。丁寧なアク取りがされているのだろうか、野菜が煮込まれていてもあまり渋みなどはない。

 

「ケトくんはさ、私の過去を知りたがるよね」

 

「……気になるので」

 

「別に気を悪くしているわけではないけどさ、そういえば私は君のことを知らないなって」

 

「面白い話ではないですよ」

 

そう言いながらケトも少し硬い米を食べる。

 

「……話したくない?」

 

「……あなたが僕がどういう生まれかで扱いを変えるとは思いませんが、それでもあまり話したくないものです」

 

「ああ、なるほど。私が興味本位で聞いてはいけないね」

 

迫害された集団、嫌われる職業、あるいは親の色々なこと。かつての世界にも、私が生きていた百年前までそれは社会の表面にあった。私が生まれた頃には裏側に回っていたが、それでも、嫌な思いをした人は多い。嫌な思いなんていうのは控えめな表現だが。

 

「そこまで深刻ではないですよ、他の人に聞かれたくはないですが」

 

「必要なら私の血でも舐める?」

 

「誓わなくてもいいです。……言ってしまえば、僕は親の顔を覚えていないんですよ」

 

一種の比喩的言い回しだろう。捨て子を意味していると見ていいと思う。

 

「ハルツさんのところには、いつから?」

 

「まだ立てない頃でしょう。詳しくは話してくれませんでしたから」

 

「物語であれば、君の親が特別だったりとかするんだろうけど……そういうのは、ないか」

 

「ないでしょうね」

 

ケトは少し笑いながら言う。

 

「ただまあ、僕にとって親に当たる人がいるならハルツさんです。色々と言いたいことはありますが」

 

「……そう」

 

「キイさんは、そういう親の話がありますか?」

 

「……あるよ」

 

研究職から測定機器メーカーの重役にまで上り詰めた父。母はまだ准教授だったか、いや教授になれたのかな。連絡を取っていなかったからわからないが、まあ二人ともきっとなんとかうまくやっているだろう。私は実際のところ経済的にも教育的にも恵まれていた。文系の博士課程に行くと言っても呆れるだけでいろいろと費用を出してくれたし、色々とアドバイスもくれた。最近はあまり話さなかったし、相容れないところもあったが大切な家族ではある。

 

「君と比べると、私は幸せだったからさ、率直に言ってしまえば、これを口にして君を傷つけないかが心配」

 

「キイさんの、そういうところがいいんですけどね。なら、また今度の機会に」

 

そう言ってケトは皿の中を見る。

 

「最後、食べます?」

 

「君が取っていいよ」

 

「それでは」

 

まあ、今のケトが楽しそうなら決してそれは悪いことではないと思うが。

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