図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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燃焼

版として使えるだけの銅を析出させるのには時間がかかる。そういうわけで改めて今後の計画を考える。

 

「ケトくん?」

 

トゥー嬢の実験室の隣、今は私とケトがだべる空間になりつつある場所で私は向かいのケトに声をかける。

 

「聞いていますよ」

 

借りてきたらしい巻物を閉じながらケトは返す。

 

「今から少し複雑なことを話すから、単語とかは全部補完して聞いてくれる?」

 

「わかりました。時間かかりますか?」

 

「どうだろ」

 

基本的な科学哲学に関することだ。まあ私は科学哲学が科学に役立つはずだと、少なくとも鳥類学ですら鳥類保護には必要なのだと思っているので、ある程度はここらへんに触れないと最初の科学を始められない。

 

「まず新しい言葉を作って欲しい」

 

「どういう意味を持たせます?」

 

「そうだね。ある事について、こうではないかと考えて、それを本当かどうか試すために条件を揃えて行動を起こす、みたいなこと」

 

「試験とか、ですか?*1

 

「もう少し、専門用語としての特徴が欲しい」

 

「うーん、難しいですね」

 

「自然に対する問い詰め、とかでもいいよ」

 

「そこまで強い言葉でいいんですか?」

 

「うん」

 

キャロリン・マーチャント曰く、「自然を実験という拷問にかける」と言い回しをフランシス・ベーコンは使っておらず、確認できるのはロバート・ボイルからだったかな。まあここらへんの理論は正直言ってあまり好きな論調ではないのだが、それはともかくある程度科学者はこのことに自覚的ではあるべきだ。

 

「では仮に詰験とでもしますか*2

 

「ではそれで。詰験は真実を探る方法の一つになる。例えば、木は燃やす前と後でどちらが軽くなる?」

 

「後ですよね、煙を出して灰を残すので」

 

「そう。では金属を焼いたら?」

 

「金属は焼けませんよ、()すのでは?*3

 

「わかった。では熱を加えると重くなる?軽くなる?」

 

「重くなるはずですよね、煆灰質と結合するので」

 

「あー……」

 

本来であればここでフロギストンとかの話に持って行きたかったのだが、根本的にこの二つが違う反応とされているのであれば難しい。

 

「なら、この二種類が同じ原理に基づいているとすれば?」

 

「つまり、燃えるときにも煆灰質との結合が発生している?」

 

「うん。私が今言ったことを否定するにも、肯定するにも、詰験が必要になる」

 

「思考を連鎖させることで、場合によっては答えが出ませんか?」

 

演繹法か。確かにそれでできることもある。

 

「ただ、そうやって得る思考の根源は観察や、私たちが詰験と呼ぼうとしているものになるのでは?」

 

「わかりました」

 

「面白そうな話が聞こえるな」

 

「ああ、トゥー嬢。いいところに」

 

私は今までの話を手短にまとめる。

 

「……問題は煆灰質の起源か」

 

「あなたはどこに求めます?」

 

「それはまあ、空気だろうな」

 

「燃えること……ではなかった、何かを()すことは空気内の煆灰質が金属と結合することで起こる、ということでいいですか?」

 

「ああ」

 

よし。私の知っている17世紀の概念よりは酸素との結合によって理解している化学に近い。

 

「では、燃えることも同じような反応として解釈すれば?」

 

「……私が読んだことのあるものでは炭質の揮発であるとされているな」

 

「あなたはそれを前提に何かをしたことがありますか?」

 

「ふいごで風を吹き込めば火はよく燃えるだろう。これは空気となった炭質を薄めるためだ」

 

ケトの方を見る。なんとかついてきていけているようだ。

 

「ケトく……いや、ケト君。他に説明がつく方法はあるかい?」

 

「炭質が煆灰質と結合したものが空気となって消えている、とかでしょうか」

 

正解なのだが、それを言ってしまっては意味がない。

 

「では、この二つをどうやって区別しますか?」

 

私はトゥー嬢に視線を向ける。

 

「煆灰質と結合した金属を金属に戻す方法を燃えたものから出た空気に対して行う事はできないか?」

 

「そもそも戻す方法というのは?」

 

「炭と混ぜて再度加熱する……なるほど、これでは駄目だな。つまり金属より炭に煆灰質が強く引き付けられているというわけだろう」

 

私は頷く。

 

「つまり、炭よりもより強く煆灰質を引き寄せるものがあればいいのだが……」

 

トゥー嬢は少し黙ってしまった。

 

「……キイ嬢、ずるいことをしていいか?」

 

「どうぞ」

 

「焼土質のものから、煆灰質を取り除けるか?」

 

「できるよ」

 

トゥー嬢がそれを邪法だとわかっているならいい。私の化学知識を使おう。塩素が溶けた水には塩酸が含まれる。塩素については塩水の電気分解で得ているのでそちらを参照。これと水酸化マグネシウム、つまりは焼いてから水と混ぜた苦土石を用意する。反応でできるのは$\require{mhchem}\overset{塩化マグネシウム}{\ce{MgCl2}}$。これを融かした状態で電気分解すればマグネシウムの単体ができる。電極には炭素を使うのだ。別に石灰石を使って塩化カルシウム経由でカルシウムの単体を得てもいいけど。

 

「……水でなくても電気分解できるのか」

 

「ええ。溶けた塩質……とでも言えばいいのでしょうか?」

 

「わかるぞ。それは電気を通す、と」

 

「はい」

 

単体のマグネシウムの発見者はたしかハンフリー・デービーだったかな。たぶん19世紀初頭。実はボルタが電堆を作ってからそんなに時間が経っていないので、まあ技術的ハードルは高くはないだろう。きっと。

*1
語義: 1. ためすこと。 2. (名詞形で)相手がそれを理解しているかどうか調査するための手続きのこと。

*2
一種の混成語。聖典語の響きを直訳することは難しい。

*3
鉱石や金属などの無機物の加熱に用いられる薬学・冶金術用語。

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