図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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割鋳型

銅型はまだ十分な厚みに達していないので硫酸銅を追加で電解液に入れておく。これなら普通に鋼で活字父型(Patrix)を作ったほうが良かったかもしれない。実際細工技術からすれば可能な範囲のような、とまで考えて私は悩む。コンコルド効果だ。私は今まで電胎母型法に結構な労力を費やしてきた。それが完全に無駄になるわけではないが、まあなんというか癪である。

 

……もう少しだけ待とう。実際にできたものを見せたほうが加工の方法がつかみやすいと思うし。そういうことにしよう。

 

「はいこんにちはっと」

 

そんな事を考えながら大衙堂の作業場に顔を出す。

 

「どーもキイ嬢、休暇は楽しめた?」

 

ゆるい口調で話しかけてくるのは金属細工職の青年。工師レベルの腕があるが従事するに相応しい親方を探して遍歴しているようで、今は煩務官に捕まってここで仕事をしている。

 

「まあね、で割鋳型がこれ?」

 

「そ。真鍮で作って磨いてあるわけさ」

 

構造を言葉で説明するのはかなり難しい。私だって朧げな記憶しかなかったのに完成させてくれた彼には頭が上がらない。

 

「ここが横に滑るように動いて、文字の横幅を決定する……さすがだ」

 

木の持ち手をスライドさせるとパズルのように組み合わさった真鍮の塊がずれ、中央に直方体の空間が生まれる。ここに上の方についている注ぎ口から合金を流し込んで固めるのだ。

 

「こいつで版の相方に当たる部分さえ取り替えりゃ同じ形の文字版が得られるってことだろ?」

 

「よくおわかりで」

 

流し込まれた頭のバリの部分を取り外せば、ほんの少しだけ基準の大きさより大きい活字ができる。あとは少しだけ削って、高さを調整すればいい。それ用のゲージもできている。うーん私が何もしていないのに何かができていくのは少しもどかしいな。

 

「それにしてもよくこんなん思いつくなぁ」

 

「実際に形にしたのは君だ。君が誇るべき成果だよ」

 

照れるように笑う青年。実際、私の能力ではここらへんは難しかったと思う。金属加工の知識や経験があるとは言え鋳物はほとんど触っていない。

 

「そう言われるのは嬉しいんですがね、まあ褒め言葉を受け取っておきます。実際に鋳るところを見ますかい?」

 

「是非とも」

 

「それでは」

 

彼はそう言うと、固まった合金の入った鍋が乗った小さな炉に木を入れた。

 


 

柄杓で鍋の表面を撫でると、酸化皮膜が除けられる。ひとすくい取って、粘土で作った母型をセットしておいた割鋳型に溶けた合金が流し込まれる。掬われた液体金属の量はほぼ活字ちょうど。何回も試してコツを掴んでいるのだろう。いい職人だ。

 

「よっと、これで一つ」

 

型が分解され、活字がぽろりと落ちる。

 

「で、これで作ったものの問題点は?」

 

「粘土で作った文字型が脆いってことだな。五回も使えば欠けが出る」

 

「やはり金属製がいいか」

 

「ただなぁ、削るなら彫りの深さを一定にしないと平らにならねぇだろ?」

 

「そこなんだよね、問題は」

 

硬貨を作る際に鋳造だけではなく一種のプレスが行われているのではないかと私は読んでいるが、その技術はあまり一般的ではないらしい。その上ここらへんをやろうとするとまた巡警のお世話になる可能性がある。

 

「……ところで、君を腕のいい職人と見込んで質問がある」

 

「何だい?」

 

「この機構を、金属文字版を含めてまるまるもう一つ作るのにどれだけかかる?」

 

「この割鋳型を持ち出せるんならそう難しい話じゃねえが、そうじゃないと少し手間だな。まあ仲間集めて5人ほど、それで三月あればいける」

 

私はこれを完成させるのに半年かかったんだがな。まあ、一度完成しているものをコピーするのはそう難しくない。事実私だってコピーしたのだから。

 

「なるほど」

 

「……どうした?」

 

「ああいや、これが大量にあれば書字生が困るなぁと思っただけさ」

 

「書字生だってやることがなくなるわけじゃないだろ」

 

「確かにね」

 

ただ、本を作る技術を持った人間が暇を持て余していれば大抵はろくでもないことが起こる。海賊版の出版とか。これについてはどうにかして動きたいところだが、さてまあ誰に聞くべきか。

 


 

「……いえ、いますよね?僕たちの事を知っていて、この城邦においても有力者で、法の分野にもたぶん知り合いがいるような人が」

 

「ああ、確かに」

 

我らが上司、煩務官。大丈夫かなこの案件は過労しかねないぞ?

 

「手紙の形がいいでしょう。提案であれば、まあ目を通して実行するかしないか判断できますし」

 

「ケトくん、書いてもらえる?」

 

「文面はキイさんが考えてくださいよ?」

 

「わかってるって」

 

そう言って私は息を吐き、寝台に座って蝋板を取る。紙を使ってもいいが、アイデアを書き出すなら蝋板も悪くはないのだ。

 

「……本の内容が誰のものか、という問題が一つ」

 

「書いた本人ですよね?」

 

「それなら、例えば引用はどうする?」

 

「あれは借りるという行為に……ああ、下手に所有を考えると盗むことになりますね」

 

「そう。かといってそこらへんをしっかり決めておかないと本を勝手に印刷されることになる」

 

「確かに……」

 

「ただこれについてはあんまりいい解決策が思いつかないんだよなぁ」

 

本の出版を公権力が統制しようということを、一般的には検閲という。これ自体は大抵の国に存在するし、その程度も様々だが検閲に反対するという思想は自由権の考えに由来するものだったはず。となると、この世界でそれを主張する根拠は薄い。個人的には猥雑なものが文化や技術を支えていた側面があると思っているのであまり規制したくはないのだが。

 

「そういうこともちゃんと書いたほうがいいですよね」

 

「まあね」

 

私はメモを見渡して、改めて文章の構成を考えた。

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