私は今トイレにいる。少しの寒気を感じながら、やっと落ち着けたと息を吐いた。
ボディーランゲージは非常に効果的な意思疎通手段である。下腹部を押さえ、太ももをくっつけるようなポーズをとるだけで話が通じるのだ。そろそろ恥の基準が色々と突破しつつある。ケトに肩を持ってもらいながら歩いて廊下を抜け、外に出て少し進んだところ、屋外にある小さな小屋のようなものの中にトイレはあった。壁の素材は目覚めたときの部屋のものと同じだ。
「けどまぁ、なかなかおもしろい構造だ」
小さな声で呟く。和式のようにしゃがんで使うタイプの構造をしているが、木製の蓋を取ると床に空いている穴は二つある。前の方の穴はじょうごのようなものがついていて、液体が容器に貯まるようになっている。固体の方を落とすと思われる穴は底が見えない。なお重要な問題としてこのタイプのトイレは脚を曲げないと使うことが難しい。幸いにも立ったままでもある程度狙いを定めることはできたのでよしとしよう。あまり面白い話ではないが。
しかしこのトイレ自体は興味深い。穴のそばに置かれた素焼きの直方体の容器には灰らしきものが入っており、それをすくうためと思われる小さなスコップに似た物がある。たぶん大きい方をし終わった後に上から振りかけるのだろう。その隣には積み上げられた木の棒。これはたぶん使い捨てるトイレットペーパーのかわり。うん。どこの地域か全くわからない。
ただ、構造は相当考えられているように見える。尿を分けているのは衛生上の理由からか、あるいは肥料などに利用するためかはわからないがなにかメリットがあるのだろう。水洗式ではないのは付近の地下水汚染の防止や、あるいは水があまり潤沢に使えない環境なのかもしれない。そもそも水洗式は構造が複雑になりがちだ。
少し今の時点で手に入る情報を整理する。服は裾が膝の下あたりまで伸びるゆったりとしたもので、帯で締めることで身体に固定している。胴体部分とは別の布が縫い付けられてできた袖は肘まで伸びていて、動く右手を回しても邪魔にならない。ケトも同じような服を着ていたので、男女共用の普段着なのだろう。おそらく横が肩幅程度の長い布を織り、頭の部分に穴を開けて横を縫うことで作られている。縫い目は上手く見えないが、外側から観察できないということは縫い終わった後で裏返すのか。一応手作りはできなくはないが、それなりに手間がかかるものだ。というよりこういう布が普通に使われているということは織機がないのだろうな。
それと、私は下着をつけていない。まあ涼しいのでいいが。そもそも下着というか局部や胸を隠す一種の衣装は時代や地域によってあったりなかったりするし、そういうものなのだと割り切ろう。
「あなたは██████ ████████*1」
ケトが扉を軽く叩きながら言う。ぼんやりと考え込んでいたせいで結構時間が経ってしまったようだ。音からするとノックと言うより手の甲の平らなところを当てているようだ。こういう細かい行動の違いも覚えていかないといけないのだろうか。
「……はい」
語気を強めにして返す。さっきの質問が安否確認であるとしても、はいといいえのどっちで答えればいいかわからない。「問題ありませんか?」と「何かありましたか?」は役割としては同じだが、聞いていることは真逆だ。あまり長居しても仕方がないので出る。
私が扉を開けると、手際よくケトが手を私の脇の下に入れて体重を支えてくれる。ありがたい。立つだけならなんとかなるが、歩くとなるとまだちょっと辛い。歩幅を揃えながら戻る最中、行きには余裕がなくて確認できなかった建物の構造を見る。廊下の幅は壁に寄っても腕をギリギリ振り回せない程度。すれ違うだけなら互いに避ければ問題はないぐらい。扉は見える範囲では左に一つ、右に三つ。右側、一番奥の部屋がさっきまで私が寝ていた場所だ。
ひとまず寝台の上に戻って脚を確認する。少し動いてみた感覚だが変に捻っているわけではなく、このままで問題なさそうだ。明日にもなれば痛みも引いて歩けるかもしれない。本来であればX線CTとかで現状を把握するべきなのだが電気すら存在しそうにないし、別に状況がわかったからと言って治療の選択肢が増えるわけでもない。現状ではケトがやってくれたのだと思われるように少しきつめに包帯を巻いて固定するのがいいだろう。
「ケト」
私は少年の名前を呼ぶ。
「████ ████████*2」
たぶん確認の呼びかけだろう。使えたら便利そうなので覚えておきたい。こういう細かい言葉の記憶の積み重ねが円滑なコミュニケーションを生むのだ。
「これは何ですか?」
「それは脚です」
しばらくは単語の習得に付き合ってもらおう。ケトにはいっぱい聞きたいことがある。それができるようになるにはもう少しかかりそうだが。