何回かの召喚を受け、法律用語にも慣れ、そして意見を交わして草案が完成した。有識者に回された後、法律として認められるそうだ。
「それにしても、面白い解決をしましたね」
トゥー嬢の実験所兼自宅の二階で法案を読む私にケトが言う。
「上手く行くかは全くわからないけど、素晴らしいと言ってもいい発想だよ。……ここだけのところ、私がかつていた場所にあったものよりもいい」
私はつぶやくように返す。後半部分は声を小さくして下にいるトゥー嬢に聞こえないようにしながらだけど。
いや、実際感心するしかない。まず図書庫、ああここでは一般名詞ではなく大図書庫*1の方、が出版されようとしている本を全て買う。ただし、印刷者への支払いは後払いとして売れた分だけだ。それで納入された時に一種の検印を押して全て図書庫の所蔵物としてから図書庫が売るわけだ。検印を押すためには書籍価格に応じた費用が必要で、この一部が著者へ支払われる。もし順調に売れていれば利用料と印刷者への支払いが相殺される。ここらへんはトゥー嬢が権利を持っている水車に対して図書庫の城邦が利用料を払っているような形に近いらしい。
本の販売は独占業務となり、検印の押されていない本を売ることは重罪となる。また届け出た本の内容が他の本と同じ場合、先行する本の作者の許可がなければ発行が差し止められる。あとは大図書庫が代償金を払って複製を作ることができるとか、死後の権利管理とか、公開出版物のパブリック・ドメイン制度だとか、著作権の放棄とかを色々盛り込んである。まあもちろん現状骨子なので実際に使われながらでないと問題は見つかっていかないだろう。
「で、これが命令書と……」
著作権法に当たる法律が成立することをトリガーとした頭領名義の司令で、大図書庫に専門の部署を設けることを指示している。まあ煩務官の知り合いが人選を進めていて、私たちの衙堂からも出向のような形で人が出るらしい。たぶん上手くいくだろう。印刷の過程で結構腕のいい人たちを育成できたらしいし、あと数年もあれば活版印刷は軌道に乗るはずだ。
「仕事が速いですよね」
ケトが言う。
「それだけ印刷機という発想を重要視してくれているんだと思うよ」
図書庫の収入の一つとして写本の作成とその販売による利益がある。今まで所蔵されていたものについては許可を取るべき相手に連絡が取れない時は掲示によって連絡に代え、プール金にして色々なことに使えるようにするということだ。かなり図書庫内の部署がやるべき仕事が多いが、まあきっと印刷に詳しくてしっかりと判断ができ豊富な知識を持ったいい人を担当者として選んでくれるだろう。これでひとまずこの件はおしまい。
「で、今度はこっちと」
私は紙の束を取る。トゥー嬢が書いた原稿だ。彼女が言うには今の時点で完璧にする必要はないという。そもそも電気などというものの特性もよくわかっていないのだ。
「焼き菓子でも食べるかい?」
文章に目を通していると一階にいたトゥー嬢が塩味の強いクラッカーのような菓子を持ってきてくれた。これは実験のおまけで作られるもので、トゥー嬢のお気に入りだ。
「いただきます」
ケトはそう言って器から細長い棒状のものをつまむ。私も食べよう。結構おいしいのだ。
「それで知人に回した
「それはいい」
私はにやりとする。それはまあ、ある意味では当然だ。
「中には工作のための
「ああ、確かに今後紙の需要が一気に増えるからそれは有用そう」
ここらへんは直接やるよりも間接的なアドバイスに留めたほうがいいかもしれない。早めに発電機も公開して水酸化ナトリウムを一般利用できるほどにしたいな。ああでも保存を考えると中性紙である必要はあるか。紙の劣化試験とかもしないとな。そういうものは今後新しくできる図書庫内の部署に投げてもいいだろう。別に全部自分で背負う必要はないのだ。
「いいことを聞いた。投資でもしようかね」
そういえばこの世界の経済とかの知識はあまりないな。ここらへんも今後は重要になってくるのだろう。やることのステージが一段上がった気がする。
「ほどほどにしましょうね。恨みを買いたくはない」
「まあここに暮らすだけでそれなりに色々向けられてきたからね、慣れたものだよ、危ない事をするつもりはないが」
「トゥー嬢はキイさんと同じで一度動き出したら止まりませんからね」
トゥー嬢と私は顔を見合わせる。まあ、彼女と同じぐらいだと褒められているのだと考えよう。少なくとも私と違って、トゥー嬢は正真正銘の天才なのだから。