図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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第7章
準備


図書庫と呼ばれるその施設は、実際には複数の建物を有する一帯である。四階建て石造りの中央図書庫のまわりに様々な目的を持つ棟が並び、各種の施設がある。まあそういうわけで私は煩務官の知り合いだという図書庫の書官に案内されて今後職場となる場所についた。何でも屋の事務員である彼は、確かに煩務官と同じような雰囲気であった。

 

「ここだ。先日までは倉庫として使われていたが、決して悪い場所ではあるまい?」

 

「ええ」

 

とはいえ内装は空で、必要に応じて事務道具を運び入れる必要があるだろう。まずは絨毯かな。

 

「他の人はいつ来るでしょうか?」

 

「四半月*1もしないうちには」

 

「なるほど、ではそれまでに招く準備をしなくては」

 

「良い心がけだ。そうだ、図書庫から君の下に来る人を紹介しよう。暫く待ってくれるか?」

 

「構いませんよ。それまでは掃除でもしましょう。箒はありますか?」

 

「隣の部屋の倉庫にある。自由に使ってくれ」

 

「わかりました」

 

まあそういうわけで楽しい準備の時間だ。逆に言えば今はまだ楽しめている。

 


 

それから数日かけて、何人もがこの部屋に顔を出した。衙堂、図書庫、頭領府、商会、いくつかの工房。比較的若手が多い。まあ私もそこまで歳じゃないからな。全部で20名弱、女性は私を含めて4人。割合的にはかなり多いほうだ。まあ彼女たちについては少し重点的に様子を見よう。

 

「たぶん、これで全員です」

 

ケトが作った名簿を渡してくれる。明日、全員がここに集まる算段になっている。荷物が運び込まれ、実際に動けるようになるまでには半月か一月か。かなりの速度で整えてもここまで時間がかかるのだ。少し前に秋分が過ぎたところだから、もうここには一年になるのか。むしろ印刷機の完成から半年でここまで来たのか。本当に官僚組織か?疑いたくなるほどの手際の良さだ。

 

「っと、ありがとう。……いろいろな人が来てるね」

 

紙問屋、法務吏、あとは……これはなんだろう。

 

「この人、覚えてる?」

 

「ええ」

 

比較的顔の整った女性だった。前の所属は頭領府の蔵計員。

 

「これはどういう仕事?」

 

「本来は納められた税を確認するものですが、たぶん彼女は各地を回って実際に税がきちんと取られていたかを調べていたのではないでしょうか」

 

「どうしてわかる?」

 

「肌がよく焼けていて、足に筋肉がかなりしっかりとついていました。あれは旅を重ねた人のものです」

 

「それがなんで室内の仕事に……まあ、あまり気にしなくてもいいか」

 

ここに来た人間は基本的に有能な匂いがする。たぶんいろいろな機関が将来の期待される若手を送り込んでいるのだろう。この城邦の人口を考えると、かなりのものだと思われる。

 

「で、私たち印刷物管理局のやるべき仕事は……印刷物に関連すること、一通り」

 

「つまり何でもできますね」

 

「……具体的に、何が必要だと思う?」

 

「そうですね、まず本の記録を作って、図書庫に納める手続きをして……そのくらいでは?」

 

「たぶん文字の大きさを統一したりだとか、他の邦との折衝だとか、発生した問題についての評価とかも入ると思う」

 

「そこまで必要ですかね?」

 

「ここまでの条件を与えられていると考えると、そのくらいは当然では」

 

「……わかりました。ただ、無理はしないでください」

 

「危なそうだったら止めてね?」

 

「もちろんです」

 

さて、これで問題に集中できる。まずはメンバーを班に分けておこう。

 


 

「諸君、この印刷物管理局に来てくれたことに感謝する。私は局長のキイ。衙堂から来た司女だ。こちらはケト。私の弟子で、司士の見習いだ」

 

何人かがああ、となにかを察したような目を向けているような気がする。ケトの方を見るが、表情を変えずにじっと座っているだけだ。

 

「それぞれ、様々な場所から来たので互いを知らないだろうからまずは簡単でいい、自分について話してくれ。そしてそうだな……、それと共に自分がここでやるようにと言われていることがあればそれも」

 

少し緊張が走る。なるほど、決して一枚岩ではないのか。まあ、少なくとも今は。

 

「ともあれ今日は特に仕事をするつもりはない。とはいえ今後しばらくは主業務である印刷物の管理をやっていく準備をする。すでに衙堂では最初の印刷物が作られつつあるが……」

 

そう言って私はふとあることに気がつく。

 

「そもそも、印刷物と言って実際に作られたものを見たことがない人はいるか?いれば手を上げてほしい」

 

おずおずと一人が上げ、二人が上げ、最終的に半分ぐらいが見たことがないということになった。

 

「ケト君、なにかあるかね?」

 

「持ってきたのはこれぐらいですが」

 

そう言って取り出すのはケトが最初に一人で詩を刷ったときのものが何回か。

 

「それでいい。では、知っている人は黙っていてくれ。知らない人は、昼まではこれが具体的にどうやって作られたかを考えてくれ。それ以降に具体的な技術の話をしよう」

 

技術系らしい人の目の色が変わった。うん、確かにこういう層には謎を提示するのがいいらしい。

*1
だいたい一週間

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