謄写版と技術屋が格闘している横で、私は納入された最初の書籍を確認しておく。全二百部。最初にしてはずいぶん強気だな、と一体何と比較してかわからない感想が出てくる。いや一昔前は自費出版も珍しくなかったし、今でもやっている人はいるけどオンラインで公開したりだとかデジタル販売したりだとか今は色々方法があるんですよ。知り合いが在庫を抱えていたのでここらへんの話は昔聞いた。
「それでは確認できました。証書を発行するのでしばらくお待ち下さい」
「ありがとうございます」
衙堂側の人は顔見知りなので、まあこの作業自体は茶番だ。茶番は大事なんだよ。なあなあで済ませるよりもたとえ儀礼的であっても手続きをしたほうがいい。
まあ手続きは簡単だ。納入数を確認し、ランダムに選択した何冊かが同一の印刷であることを確認。基本的に性善説システムだ。問題が起こったら対応できるだけの人材がここにはいるというか、どうやらここに人員を送り込んできたすべての組織がここでなにかが起こると考えているらしい。非常に正しいな。でそれが終われば奥付、といっても巻子本を開いてすぐの場所にある製造者表示を確認。よし。規定の事項が書き込まれている。印刷者の証明もよし。
「……ところで、この後の作業は全部私が?」
「半分はやりますよ」
ケトが部屋の向こうでわいわいと行われている作業を横目に言う。
「十分組織が大きくなれば監査を送り込んで、最初から製造者表示にこの印を組み込んでもいいと思いますが」
そう言って私たちが取り出すのは精緻な細工がされた一種の版。印刷物管理局という文字が真鍮の塊に鏡文字で丁寧に彫られている。衙堂にまだ残っている金属細工師に頼んで作ってもらったもので、彼曰くこのくらいは簡単にできるそうだ。これなら銅版画についての技術的ハードルもそう高くないな。
よくすり潰した酸化鉄を顔料にした赤いインクを版につけ、広げた巻物の下に布を引いた上で、製造者表示部分に重なるようにぎゅっと押す。よし。この何がすごいって、日付を示す小さな印と組み合わせられているということだ。データー印である。かつての世界のそれと比べて小型の文字版を目を細めながら挿入する必要はあるが。一点ものの細工であればこういうものだって作れる下地がある。
で、乾くまで待つ間に次の本に印を押す。これをあと199回。純粋に手が疲れる。版は一つしかないので人海戦術も使えない。いや複製してもいいのだがそうしたら印の意味がないだろう。
飽きてケトに代わってもらって作業は終わった。
「では作者はすでに亡くなっている内容であることが確認できたので、手数料はこれだけ」
私は契約書に自分の名前と所属を書く。一応証人も来てくれているので手続き。
「手数料は今払えばいいですか?」
「少し待ってくださいね、会計担当者を呼んできます」
私がそう言うとケトがさっきまで謄写版の近くで騒いでいたうちの一人をずるずると引っ張ってきてくれた。よし、後は任せよう。
「終わりましたよ」
そう言うのは会計担当。
「速いね」
「では販売手続きに入ります」
これで納入が終わり、すぐさま衙堂がすべて買い取る。差額は手数料として我々の懐に入るというわけだ。なんか悪いことをしている気がするが、適切な手数料だ。そうそう。本の一次販売は印刷物管理局の独占業務ではあるが、二次販売を規制するルールはない。念のため確認したが仕様だそうだ。まあ古本の販売まで追っかけている暇はないからな。その中で非承認書籍が流通する可能性があるという話もあったが、それはいろいろな手で追いかけるらしい。この世界の捜査能力について詳しくは知らないが、少なくとも真面目であることは確認されているのでいい。
「……なにやら無駄な手続きが多い気がするな」
「既存の法をできるだけ変えずにやるのは大変なんですよ」
ケトが疲れたように言う。ここに配属されるに当たって衙堂で事務業務特別詰込講習を受けたようだ。それでまあ、色々と闇を見たのだろう。
「……あ、局長」
作業していた集団に近づくと何事もなかったように彼らは言う。いや女性も二人ほど混じってはいるか。指に刺さるような凹凸を作った鉄板を焼入れして硬くしたもの、つまりは
「ああ、そういえば注文の品は?」
その布を手に入れた商会から出向中の局員に声をかける。
「まだかかりそうです」
「わかった」
頼んでいるのは透明度の高い