「……これは良くないですね、局長」
紙問屋から来ている局員が試作品の
「ほう」
「表面の滑りをもう少し良くするべきでしょう。また、このような用途であればもっと紙を強くするために素材の配合を変えることも考えるべきです」
「そこまでする必要があるかな」
「かなりの量を作るのでしょう?」
「そうなるだろうね」
「ならできるだけいいものを作るべきです」
「で、お前はその売上のうちどれぐらいを手に入れるんだ?」
別の局員の一人が口を挟んでくる。
「二割ってところだな」
「おや良心的」
私は呟く。これだけのことをやって中間マージンがそれだけとは。
「個人名義でやると後々面倒だから、必要に応じて商会を通してくれ」
私の言葉にさっきやってきた局員が疑いの視線を向けてくる。
「いいんですか局長」
「もし不当な額であれば競合が現れるさ。ここには複数の組織から人が来ている」
まあ反論したくなる気持ちもわかる。だが今回はちゃんと意味のある中間業者だ。
「規格に合わせるから精密に頼むよ」
「わかってます」
そう頷いて紙問屋からの彼は席を立つ。
「ただまあ、君の指摘も正しい。ただ今回は多少の予算を削るよりも大盤振る舞いするぐらいのほうがいいわけだ」
「……局長はそういう考え方なのですね」
「まあね」
うん。この局員もなかなかだ。自分とは異なる意見を飲み込んだ上で、関係性を踏まえて行動を制止できる。本当にここは優秀な人材ばかりだな。
「一つの孔につき、欠けを作るか作らないかとする。3つの孔があるとすれば、考えられる組み合わせはいくつ?」
「えーと……」
ケトは蝋版に向き合って書き始める。悩むところなのか。まあ私が進数であるとか組合せ論の知識があるから簡単に見えるだけかもしれない。
「……9種類、だと思います」
おや、一つ多い。描かれた図を確認していくと重複があった。
「これとこれは同じだ」
「……本当ですね」
ケトはその図を消す。
「なるほどね、最初に切欠きがないもの、で全てが欠けているもの、その後に一つ、二つ、三つの欠け。それで全てが欠けているものが重なったわけだ」
私が言うとケトは結構凹んだようだ。まあ仕方ない。あとでフォローしよう。
「欠けの数ではなく、左側から考える方法もあるよ」
私は均されている蝋版を取る。
「最初の一つについて考えれば、それは欠けているかいないか。2通り。次の孔を考えるよ」
私は描いた2つの図からそれぞれ2本ずつ線を伸ばす。
「これで2+2、4通りだ」
「……ええ」
「次に3つの孔の組み合わせはさらにそれぞれの状態に付き3つ目の孔に欠けを作るか作らないかだから、2+2+2+2で8」
「そこまではいいです」
「これは2×2×2というのはいい?」
「……ああ、なら単純に孔を増やすごとに倍になっていくんですね」
理解が早い。
「では問題。30の文字に対応させるには、いくつの孔があればいい?」
これは聖典語や東方通商語で用いられる文字体系における文字数。
「5ですよね」
「最低限はね。でも、もっと増やしてもいい」
「無駄では?」
「
「……そうかもしれませんね」
私は事前に自分の頭の中で答えをもう作っているが、それが本当に効率的なものかは疑問が残る。もしケトがもっといいことを思いついてくれればそちらを採用すればいいだけだ。
「では他の方法がないか、考えておいて」
私が言うと、ケトはまた図を描いて集中し始めた。
「7つです」
「理由を聞こうか」
「まず7個の孔に対して、3つの欠けを作ることを考えます」
「欠けの個数を制限する理由は?」
「そうすれば、三本の棒で引き出すことで探したいものを探し当てることができ、かつそれ以外のものが出てくることはないからです」
「いいね」
これを自力で導き出したならかなりのものだ。もう少し具体的に見よう。簡単のために4つの孔から2つの欠けを作ることを考えよう。組み合わせは6通り。切欠きのない孔を○、切欠きのある孔を●で表すとすると、その組み合わせはこうだ。
このそれぞれの組合わせが一枚ずつあるような6枚の
では左から1番目と3番目に棒を突っ込んで、それを上に持ち上げよう。目的としているものは棒が入っている孔が両方とも空いているので引っかからない。そしてそれ以外の組み合わせには1番目か3番目のどちらかに切欠きのないものがある。
もしこれが欠けの個数を制限しない場合だとどうなるだろうか。例えば同じく4つの孔があるとすれば切欠きのパターンは24、すなわち16通りだ。書き出すとこう。
ここから先程と同じパターン、つまりは「●○●○」を探し出したいとする。さっきやったように1番目と3番目に棒を突っ込んで、それを上に持ち上げてみると、今度は他にも残るやつが出てくる。書き出すとこうだ。
ここから求めるもの以外を外していくのは少し面倒だ。なら孔の数を増やしてでも作業をやりやすくした方がいい。
「うん。ただケト君、一つ問題がある」
「なんでしょう」
「その組み合わせをどうやって覚える?」
7個の孔に対して3つの欠けとなると、35通りか。高校時代の遺産がまだ生きているのはありがたいな。
「……表を作る?」
「面倒だよ」
「……けれども、他にいい方法がありますか?」
「まあ、私が思いつくのは一つ」
「使う孔は?」
「全部で12」
「入れる切欠きは?」
「2つだ」
「……少し考えてみます」
「やってみな」
私は少し余裕げに笑う。これはさすがに自力で思いつけるとは思っていない。