図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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お知らせ: 文字だけでの説明に限界が来たため、挿絵を導入することになりました。読まれる際には「閲覧設定」内の「挿絵表示」を「有り」にすることをおすすめいたします。


亡失技術

「お手上げです」

 

「なるほど」

 

ケトの手元の蝋板を見ると、かなりいろいろ試したようだ。というか局員の何人かもこれについて色々考えている。まあ私の知識はあくまで既にあったものを前提としているのだ。ゼロから何かを作り出せるような人間には敵わない。

 

「12の孔で、2つの欠けで、30の文字ですよね」

 

「そう」

 

「そんなに必要ない気がするんですよ。それでもわざわざキイさんが言うなら、何か特別な利点があるはずで……」

 

「……少し考えさせすぎた。あまり面白くもない方法だよ」

 

私は蝋板に描いた図を見せる。

 

【挿絵表示】

 

「……ああ、こうやって孔を置くのですか」

 

「幅を減らしたい場合用だね。だからもし横に並べるのであればもっといい方法がある」

 

「ところで、これはどう使うのですか?」

 

「表したい文字が何番目かを考える。例えば16なら」

 

そう言いながら、私は16の場所に指を置く。

 

「左上と右上の孔まで切欠くわけだ」

 

【挿絵表示】

 

「なぜ右は2つ、左は1つ分の欠けを?」

 

「事前に規則として、文字がある側の孔の切欠きを2つ、そうでない方を1つと定めればいい」

 

「……少し待ってくださいね」

 

ケトは蝋板にペンを走らせる。

 


 

「わかりました。この組み合わせであれば、一つの孔のときと同じように間違ったものを出すことも、取り残すこともなく、必要なものを全て見つけることができる……」

 

「そう簡単にわかられてもな……」

 

「……よくなかった、ですか?」

 

「いやとてもいい。仕事がなくなった後に何をやろうかなって」

 

まずはまあ、ケトの思考の過程を追おう。つまりはこういうことだ。今回の孔は二行二列。切欠きのない孔が○、切欠きのある孔が●。

 

例えば左側を2つ分、右側を1つ分欠けさせるとしよう。図にするとこうなる。

 

 

これを検索するためには左側の下の方の孔、右側の上の方の孔に棒を入れて持ち上げればいい。そうすればこの孔のパターンのカードだけが残る。

 

 

左右の逆になったこのような孔のパターンであれば、左側の下の方の孔が貫通していないので引っかかって持ち上がる。

 

まあこれ自体は難しくない。私が一日格闘しただけで理解できたのだ。ケトやここの局員であればそう時間はかからないだろう。

 

「ところでキイさん」

 

「はい」

 

「これはとても凄いものでは?」

 

「そこまででもないよ」

 

事実、私の生きていた時代には亡失技術(ロスト・テクノロジー)扱いだった。今実用化にむけて実験が繰り返されている謄写版だってそうだ。パーソナル・コンピュータや普通紙複写機(Plain Paper Copier)によって置き換えられてしまったもの。私だって実際にはタブレット端末を片手に作業を行っていたのだ。ボールペンや万年筆ではなく鉛筆を使えと言われたのはもう過去、とまでは行かなかったが専用のフィルムを張ったタブレット端末にスタイラスで文字を書くのは一般的だった。まあ今ここでは蝋板(タブレット)(スタイラス)で記録を取っているわけだが。

 

「これがあれば衙堂の仕事がどれだけ簡略化できると?今まで巻物を開いて探していたのが、あるいは何かあるたびに複雑な記録を書き換えていたのが、不要とまでは言いませんが大幅に簡略化できます」

 

「その程度なんだよ。楽になっても根本は変わらない」

 

まあ国勢調査の統計が次の国勢調査までに終わるぐらいには便利になるか。

 

「それに本当にこの手整鑽孔紙(ハンドソート・パンチカード)を広く使うのであれば決めなくちゃいけないことは多い」

 

「例えば?」

 

「文字をどうやって番号にするかとか」

 

「普通に順番通りではいけないのですか?」

 

「先頭にほとんど来ない文字だってある。頻繁に現れるものも」

 

「そういったものまで考えるんですか?」

 

「そうだよ。他にも何を記録して、何について孔を開けるか。検索する前にどうやって並べておくか。長期的保存に適しているか。新しい方法を採用した時に、きちんとそれに移ることができるか」

 

「……キイさん?」

 

ケトは声を小さくする。

 

「これよりも便利なものがあるのですか?」

 

「あるよ」

 

私も小さな声で、ケトの耳に口を近づけて言う。

 

「雷の力を使う」

 

接合型トランジスタの発明は1950年ごろ。ヤン・チョフラルスキによる結晶作成法の発見から40年。ここらへんはかなり短縮できるだろう。私はもう答えを知っているのだから。計算理論のブール代数だって、基本概念であるチューリング・マシンだって、一応は知識としてはある。ここらへんはそういった発想を持っているかどうかだ。それが整い、十分な発想力と能力がある人材が資金的バックアップを受ければ本当に一瞬とも言っていいほどの時間で技術は進む。いや別にパーツ自体は人間でも歯車でもリレーでも真空管でもパラメトロンでもMOSFETでもいいのだ。まずは機械で人間の作業を代替できるという発想を出す必要がある。

 

「……それを今すぐ作らない理由は?」

 

「純粋に作るのが難しいから」

 

「仕方ないですね。どれくらいかかりますか?」

 

「そんなに欲しいの?」

 

「これ以上作業が楽になるなら、是非」

 

ケトからの圧力が強い。まあ、準備はしておこう。実際伏線は用意してあるし。

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