図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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土台

「今の時期、やっぱり寒いね」

 

「そうですね」

 

さすがに私は奮発して革の靴を履くようになったが、ケトは相変わらず裸足だ。元気のいいことで。とはいえこの世界の多くの人がそうなので仕方がない。図書庫の城邦では靴も珍しくはないが、多数派ではない。街を歩いている人を見ると時々見かける、というぐらい。

 

「それで、最近頑張っている理由を聞いてもいいですか?」

 

ケトは繋いでいる温かい手を軽く握りながら言う。

 

「……そうだね」

 

息を吐く。白くなるほどではないが、外套の隙間から入ってくる風は少しこたえるな。

 

「私がここしばらくで作ってきたもの、挙げられる?」

 

「印刷機ですよね、それに電池と発電機と電気鍍金(メッキ)に必要ないろいろ。謄写版、割鋳型、あとは紙の大きさの規則。手整鑽孔紙(ハンドソート・パンチカード)に、顕微鏡。こんなものですか?」

 

「思ったより作ってたな……」

 

改めて考えると後世の科学技術史研究者が軽く発狂しそうなラインナップだ。

 

「どれも、この城邦だけではなくもっと広い範囲に影響を与えかねないものです」

 

「そう。例えば人の考え方とかも替えてしまいかねないね」

 

「……何となくわかりますが、具体例を聞いてもいいですか?」

 

「私がかつていた場所の話なら、でいいかい?」

 

「はい」

 

少し記憶を探る。いくつか話すネタはあるけどうまく翻訳できる語彙があるものとなると……。

 

「例えば調べたことや実験の結果を共有するという考え方が生まれたから、多くの人が協力できるようになった」

 

「一人ではできないことを、みんなで、というわけですか」

 

「そう。それに例えば顕微鏡なんかは、人間がよりよく観るための方法を自分で作り出すことができると考えるきっかけを作った」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「というと?」

 

「外側でどんな装置を使っても、結局見るのは目を通してにしか過ぎません」

 

「確かにそうだね。実際、顕微鏡を覗いた人の中には本当には存在しないものを見てしまった人もいる」

 

有名なのは前成説における精子の中の小人(ホムンクルス)とかだろうか。メソソームは……ちょっと違うな。

 

「それでも、複数の方法で観察できるというのは確からしさを上げる役に立つと私は思うよ」

 

「それについては同意します」

 

よし。まあこういうふうにケトが突っかかってくれないと話す張り合いがないからな。

 

「私が、というか私たちが使っていた自然を知るための方法は、様々なやり方で観察を行って、調べたことをまとめて整理して、それを多くの人と共有できるようにすることを基本にしていた」

 

「それをするための、いろいろな準備……」

 

「そういうこと。それに、土台を作っておかないと後が怖いしね」

 

「どういうことです?」

 

「知識というのは、積み重ねだというのはいい?」

 

「ええ。文字を学んで、単語を理解できるようになって、文章が読めるようになる、というようにですよね」

 

「そう。他の分野でもそれは成り立つ。そういう積み重ねの土台を、私はないままで色々なことをしようとしているのはわかる?」

 

「ええ。だから危なっかしいと思っているのですが」

 

反論はできないので、話の続きをしよう。

 

「例えば電気は、私が知る歴史では何度も実験が繰り返されてその性質が明らかになった。けれども私は最初から知っているから、発電機を迷うことなく作れた」

 

「ああ、土台がないということは、例えばキイさんが今いなくなったら、発電機の先を作る事ができなくなる……」

 

「もちろんトゥー嬢みたいな人であれば不可能ではないだろうけど、それでも遅くはなる。逆に正解を出してしまった分、成長が遅れることだって考えられる」

 

「そうですかね……?」

 

「これについては、正直私もわからない」

 

私は少し意識して、ケトに合わせて歩幅を小さくする。

 

「ただ、可能性を削ることはしたくない」

 

「……わかりました。キイさんの目標は、キイさんがいなくなっても何かを生み出し続けられるようにすることですか?」

 

「それが一つだね。あとは純粋に私一人でできることには限界があるので誰かの成果を受け取りたい……」

 

「なんというか、神話に出てきそうですね」

 

「私が?」

 

「はい」

 

神話となると文化英雄とかかな。

 

「ケトくんは私がかつていた場所の神話に興味がある?」

 

「聞いてみたいですね」

 

「むかしむかし、先を見るもの、と呼ばれた神の一人がいました。人間たちが暗がりで寒がっているのを見て、彼は神々の持っている力を人間に与えます」

 

「……火、ですか?」

 

「その通り。知ってた?」

 

「いいえ。ただ、僕たちが使っていて、キイさんが作ろうとしているものは、火みたいに危ないけれどもとても役に立つのでしょう?」

 

なんというか、先を読まれると少し腹が立つな。ケトの手を強めに握る。

 

「そう。代わりに先を見るものは神々の長の怒りによって罰を受けた。岩山に縛り付けられて、内臓を鳥に食われるという罰を」

 

「うわぁ……」

 

少しケトが引いているがこの世界の神話もなんだかんだいって似たようなことやってるからな。

 

「彼は神として死なない力を持っていた。だからいくら苦しくても死ぬことはできなかった」

 

「……キイさんは、そういうことにはなりませんよね」

 

「さぁ」

 

私は少し笑いながら言う。科学者の、あるいは技術者の責任というやつは問おうと思えばいくらでも問える。ただ、それ以上に利益を人間に与えてしまうからこそ、こういう職業は生き残り続けているのだ。

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