図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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暗号

口が軽くなっているのは自覚しているが、ともかくこういう話を聞いてくれる相手というのはめったにいないのだ。乗せられている気もするが、別に隠す予定もない。

 

「そういうやり取りの方法は、ある程度公にするべきだと私は考えます」

 

「それは、どうして?」

 

ツィラさんが少し不思議そうに言う。確かに情報に価値があるならば、その通信を独占することは有意義に見えるだろう。

 

「それを特定の人々だけが使えるようにするよりも、多くの人が使ったほうが行き交う内容の種類が増えます」

 

「……なるほど、それを盗み聞きするのね」

 

「言い方は悪いですが、そうなります」

 

「けれども、それでは私たちの秘密もだれかが聞き耳を立てていれば気がつかれてしまうわよね」

 

「そういうものをうまく隠す方法、あなたたちならいくつかあるでしょう?」

 

ツィラさんが少し悪い笑みを浮かべる。今までの作り笑いとは別だ。たぶんこちらが本性。

 

「私たちの大切な秘密を、そう簡単に言えると思う?」

 

「なら私からいくつか言いますか」

 

なに、どの暗号も解読するのは不可能ではない。

 

「まずあまり知られていない言葉を使うもの。手紙などの文章に特定の語句を入れてそれを目印にするもの。文字をずらすもの」

 

「……あなたは、かつてそういう仕事をしていたの?」

 

「いいえ?」

 

ああ、まあこれくらいの水準だろうな、と私は考える。そもそも暗号というものは秘密裏に運んでしまえば、あるいはその文章を相手が暗号だと気がつかなければそこまで高度なものは必要としない。

 

「そうね、確かにそういう方法はある」

 

「誰もがやり取りの内容は隠したい。商者は品物の仕入れ値を秘密にしたいでしょうし、国のために働く人はそれぞれの隠し事をしている」

 

「……ええ」

 

「その秘密の多くを握れるとしたら?」

 

「……それぞれの人々が、それぞれの方法でやり取りを隠しているのは知っている?」

 

「知りませんが、そうでしょうね」

 

「それを全て暴くのは、やっていないわけではないけど、労力に比して得るものはあまりないわ」

 

「電気を使った通信であれば、少し上手くいくかもしれません」

 

「説明して」

 

頭の中で内容を整理しながら周りを見ると、ケトも局員の女性も真剣な表情だった。うん。

 

「わかりました。ああ、二人もわからなくなったらすぐに質問をしてください」

 


 

必要なのは秘密の範囲を狭めること。どのように暗号を作っているかのアルゴリズムではなく、そのアルゴリズムにおける「鍵」を秘密にさせるのだ。十分な計算力があればモジュラー算術と呼ばれる数学の計算を使った一方向関数を用いた暗号もできるが、それは解読がちょっと難しい。モジュラー算術自体はそう難しいものではない。イメージだけであれば「一番下の桁」だけを考えるような計算だ。6+7が3になり、2-5が7になる。7になるのは12-5と考えているからだ。これと素数の性質を組み合わせればRSA暗号、あるいはエリス=コックス=ウィリアムソン暗号が作れる。

 

とはいえここまでやる必要はない。重要なのは暗号化方式自体はオープンにしてしまうということだ。これであれば関係者を拷問しても得られる情報は少なくてすむし、情報が流出しないように見張るコストも抑えられる。

 

「……けれども、それには相手から見て強そうで、私たちから見れば弱いやり方で暗号を作るということになるのよね」

 

ケトによる単語創造も合わせて、私はどんどんこの世界にはない新しい概念を紡いでいく。

 

「はい。ただ、多くの人は表面上の難しさに気を取られるのではありませんか?」

 

「と、いうと?」

 

「例えば暗号化した文章がデタラメに文字を並べたような、読んでも意味が通じないものであれば十分秘密は守られそうだと考えてしまいがちです」

 

「……実際は、そうではない」

 

「ええ、一例を挙げましょう。文字を入れ替える方法を考えます」

 

そうして私は換字式暗号の簡単な説明をする。これはアルファベットであればaをlに、bをtに、cをaに……と文字を他の文字に置き換えていくものだ。そしてこれは、おそらく最初に解読方法が確立されたものの一つだ。

 

「このとき、よく出てくる文字があればそれは母音ではないかと考えられます。……母音についての説明は?」

 

「結構よ。……ここだけの話、私たちはその方法を使っている時がある」

 

「なら十分な量のやり取りされた文章があれば、ケトくんであれば読み解くことができるでしょう」

 

「……そんなに彼を信頼しているのね」

 

「決して難しくはない、という意味ですよ。彼の能力は当然ありますが」

 

ケトは少し身体を縮めていた。ああ、緊張させてしまったか。とはいえ場合によってはケトが有能であることを示しておいたほうがいいか。もし手を出した場合私の能力は一気に落ちるぞ、という意味で。

 

「つまり、あなたはこう言いたいわけね。電気通信機を多くの人が使えるようにして、そこで使うための暗号として文字を入れ替える方法を推奨する……」

 

「必要であればその方式はあなた方が使っていたもの、という噂を流してもいいかもしれません」

 

「そうすれば重要な情報を私たちは盗み聞きできる」

 

「ええ。しかしこれが一番威力を発揮するのは長距離の、例えば城邦と城邦を結ぶようなやり取りが確立された時です」

 

「……そのための、外交について私たちに動け、と?」

 

「そこまではまだ言っていませんが、そうしていただけるなら本当にありがたい。私にはそういった繋がりがないので」

 

この城邦が外交的に少し危ない綱渡りをしていることは知っている。それを実現させているのがツィラさんの機関、というかもう少し緩やかなネットワークであるというのが私の仮説だ。もちろん彼女が真実を教えてくれることはないだろうが。

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