図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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新聞

「頭領府外交局と使節館……なるほど、悪くなさそうに聞こえるわ」

 

ケトが作った言葉を何回か呟きながら、ツィラさんは満足そうに言った。

 

「あくまで案に過ぎませんが、ね」

 

「いえ、助かるのよ。こういう話をできる人は少ないから」

 

「……あくまで秘密の中で色々とやっているから、ですか?」

 

「そうね」

 

「なら、私と話をするのは危なかったのではないでしょうか?」

 

「もう既に、かなり危ないことをしているのに?」

 

ツィラさんが言う。ああ、やっぱりまずかったか。

 

「……例えば?」

 

「印刷機について、その詳しい作り方を知ろうとしていた人がいた」

 

「どうしたんです?」

 

「少しお話をして、しばらくは関わらないということで手を打ってもらったわ」

 

「私としては早めにあの機構で本が作られるといろいろな情報が入ってくるので嬉しいんですけれども」

 

「半年ほど前の話よ」

 

「……本当ですか?」

 

「ええ」

 

となれば印刷機が完成してすぐの頃だ。

 

「一体どうやって知ったんですかね」

 

「詳しくは私もわからないのよ、相手はかなりのやり手だもの」

 

「知り合いですか?」

 

「名前を知っている、というぐらいね」

 

ああ、諜報に関する法律が整備されてないからイリーガル(違法)という概念が薄いのかもしれない。法治国家というにはまだ色々と荒いのだ。まあ私のいた世界であっても結構法律や規則に穴はあったが。

 

「……なら、そういう人をきちんと相手側の使節として扱わせた上で、縛る事ができるのではないでしょうか」

 

「何もかもを裏でやる必要はない……と言いたいのね」

 

「ええ。もちろんきちんとした経験も知識もないので、はっきりとは言えませんが」

 

「もちろん、あなたの言葉を無条件に信用はしないわ」

 

「そういう態度を持っているなら、私としてはとてもいいと思います」

 

「それにしても、それだけの知識を一体どこで学んだの?」

 

一気に頭が冷める。危ない。かなり相手のペースに乗せられていた。

 

「……秘密ですよ」

 

これについて私が真実を言ったところで信じられることはまずないだろう。ケトについては実際に一緒に生活して、ある程度の信頼を確立していた上での告白だったからまだ成り立ったのだ。猜疑ベースの関係では証明できないものは意味がない。

 

「逆に聞きますが、あなた方はどこまで私の由来を確認していますか?」

 

「先程も言いましたように、わかりません」

 

ツィラさんの隣りにいた局員が言う。

 

「あの時に小衙堂の付近を通過する商隊はいなかった。数ヶ月以内に入港した船の乗員にあなたのような人は確認されていない。なにより、今まで知られていなかった知識をなにもないところから出してくるのです。これはもう、説明しようと思ったら理性的なものではなくなりますよ」

 

「……はい」

 

調べ方がしっかりしている。この世界にそこまできちんとした記録もなかっただろうから、たぶん相当の手間をかけて調べたのだろう。

 

「……参考までに、どれくらい調べたんですか?」

 

「一年弱です」

 

「……将軍補の晩餐に呼ばれたころではないでしょうか」

 

ケトが言ってくれる。ああ、そういえばその頃か。

 

「……お疲れ様です」

 

「仕事でしたので」

 

彼女は何事もないようにそう言う。かっこいい。部下に欲しい。もう部下だけどさ。

 

「……となると、私の経歴をいくつか作ったほうがいいですかね」

 

「どういうこと?」

 

不思議そうに聞くツィラさん。

 

「印刷物管理局のキイという一人の人間が色々とやったということにするのは目立ちすぎます。今後はできるだけ印刷物管理局という団体の名前で色々なものを発表する予定ですが、限界があるかと」

 

「……そのために頭領府外交局と使節館が動け、と?」

 

「それもあります。それとこれはまだ誰にも言ってないのですが、定期的に、具体的には数日おきあるいは毎日印刷物を作ろうかと思っているんですよ」

 

「……内容は?」

 

「その日の出来事とかですね」

 

「衙堂の出している収穫報告に近いもの、と考えればいい?」

 

「もう少し雑なものですね。どこどこで子供が生まれたとか、こういう法律ができたとか、あるいは誰かが新しいものを作ったとか」

 

「印刷、そんなことまでできるのね……」

 

そう言ってツィラさんは深く息を吐く。案外衝撃的な内容だったようだ。まあ新聞は革命の原動力だ。使い方を誤ればすぐに色々なものが不安定になって、私たちが見ている国家とかいう幻想が打ち壊されかねない。

 

「これについて、たぶんある程度の統制が必要かと」

 

「印刷機は誰でも使えるのでしょう?統制はできる?」

 

「大量に印刷して頒布する場合についての特別の法を用意しようかと」

 

「誰が作るの、って……そうね、必要な人は全部あなたのところにいるのだったわ」

 

私は口角を上げる。

 

「とはいえこれは危険な考え方を撒き散らす可能性を常に秘めています。一方で素晴らしい発想を素早く広めることができるという側面もある」

 

「あなたが作った他のものと同じね」

 

「といいますと?」

 

「本の印刷でさえ危惧している人はいる。頭領を中心として今の力を持った勢力が認めているからいいけど、そうじゃなくなったら危ないわよ?」

 

「だから今のうちに色々やっておかないと。印刷機を持った集団が隠れて何かをやるよりはマシでしょう」

 

「……そうね」

 

面倒事を想像したのだろう。ツィラさんはそう言って蒸し風呂の天井を見上げた。

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