「……もう、結構汗もかいたんじゃないかしら」
ツィラさんが言う。ケトを見ると結構ぐったりしていた。まあかなりの密度だったからな。
「そうですね、そろそろ出ましょうか」
私はふらつくケトを支えて言う。……あらためて思うのだが、本当に裸に対する羞恥というものが見られないな。それはそうとケトの身体は案外しっかりしている。そこまで激しく動き回っているようには見えないが、なんだかんだで結構筋肉がついているのだ。
「ところで、そのケトくんのこと、あなたは相当可愛がっているようね」
「大切な人ですからね」
「……なら、できるだけきちんと見張っておくべきよ」
ツィラさんの口調はあくまで世間話をするようなものだが、まあある程度は裏の意味があるのだろう。ならちょっとお返しだ。
「子供に火や刃物を持たせて、そのまま誰も見張らず放るなんてことをしますか?」
「いきなりどうしたの?……普通はしないわよね」
「ですよね。親を子供のいる部屋から追い出したら何が起こるかわかりませんもの。家に火がついたり、ちょっとしたはずみで胸に刃物が刺さるなんてことは十分考えうることです」
「怖いわね」
私とツィラさんは笑顔で向き合う。局員の人が少し辛そうな顔をしていた。多少はご愁傷さまとは思うが、まあ仕事なので頑張ってほしい。ケトはふわふわしていた。
「それでもまあ、夜の街では注意を怠らないようにしますよ」
「それは大切ね。私たちだっていつでもあなた達を守れるわけではないもの」
いつでもはないが、守っているときはある、と。まあ別にプライバシーがないのはある程度仕方がない面はある。というよりこういう概念ができたのはカメラや新聞の発展によるものだったはず。カメラか。あれ、できるんじゃないか?必要な光学部品は作れるし、現像に必要な薬品はトゥー嬢ならすぐに用意できるだろう。それにフィルムに使うコロジオン膜まであるのだ。トゥー嬢経由で誰かにアイデアを投げておこう。
「まあ、たぶん私かケト君に何かがあったらこの城邦だけじゃなくてもっと広い範囲で混乱が起こるでしょうけれどもね」
技術一つでもいくつかの火種を作り出せるのに、それをまとめて用意してあるのだ。どういう連鎖反応を引き起こすかは全くわからない。それにその反応を悪意を持って後押しすれば恐ろしいことになる。
「気をつけるわ」
たぶん警告は伝わった。こっちも警告を受け取った。この手の非言語交渉は苦手なのだが、プロ相手に及第点ぐらいは取れているといいな。
冷たい水で濡らした布でケトの身体を拭く。暑い時期であれば多孔質の土器の表面に染み出した水の気化熱を利用する一種の冷却装置で冷ました水を使うのだが、今ぐらいの季節であれば普通に外気温で冷やせばいい。
「ひゃっ!」
ケトが可愛い声をあげた。ぼんやりしていたところに冷たいものを当てられたらまあこうなるか。
「……あの二人は衙堂の関係ではないと思いますが*1」
局員が言う。聞こえてるぞ。
「……あれで何もないの?」
「ええ」
なんで知っているんですかね。この様子だと寝ているときまで監視されていそうだな。まあ変な虫から守ってくれるのはありがたいが。ともかく私は自分の身体をきちんと拭く。しっかり拭わないと今の時期は冷えるしお腹を壊したりなんかしたら大変なことになる。食中毒であってもちょっと間違えれば死にかねないのだ。一応生理食塩水を作れるだけの準備はしているから出た分だけ入れていけば多少はマシになる、はず。
そういえばケトはあまり感染症の徴候を見せていない。コロンブス交換を考えれば私が危険な病原体を持ち込んでいた可能性はあったが、実際には問題なかったようだ。まあこれについてはそれなりに可能性のある仮説を立てることができる。コロンブス交換で新大陸には天然痘やペスト、マラリアやコレラなど様々な感染症がもたらされたが、その中で21世紀の日本で一般的な感染症はせいぜい
「ところで、キイ嬢はこの後どうするの?私たちは温かいお酒でも飲もうかなって思っているのだけれども」
「今日は帰ります。すみません、ケト君も慣れない蒸し風呂で疲れたようですから」
さすがにもうこれ以上話すと脳が辛い。せめて少し時間を空けてくれ。
「……そう」
少し残念そうなツィラさん。プロには勝てないな。